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2023年のブリーダーズカップ開催地であるサンタアニタパーク競馬場は、ロサンゼルス近郊に位置するアルカディア市にある。サンガブリエル山脈の麓にあるこの地域は、現在は閑静な住宅街が広がる衛星都市として知られているが、元々は西部劇の映画を思い出させる荒野で、ロサンゼルスからラスベガスやフェニックスへ通じる街道の中継地点でもあった。アルカディア、そしてその西郊のパサデナは競馬関係者にとってノスタルジックな響きを持つ地名で、かつてこの地域ではサラブレッドの生産も行われていた。まだ米国東部への直行便が飛ぶ前の時代に、日本の競馬関係者が広い太平洋を渡りロサンゼルスに着いた時は、この地域にも足を運び、草が全く生えていない荒野に柵だけがあり、そこで乾草や飼料だけでサラブレッドが飼われている風景を目にして驚いたという。
サンタアニタパーク競馬場はそうした「馬産地」に隣接する場所で1907年(明治40年)、実業家エリアス・ボールドウィンによって建てられた。日本では東北帝国大学が設立、ハワイから初めて外国野球チームが来日したという頃の話である。小規模のスタンドにダート走路が1本という簡素な施設だったが、1933年に馬券発売に関する法律が制定されると、サンフランシスコの歯科医チャールズ・ストラブと映画ビジネスで活躍したホール・ローチの二人が、大恐慌の混乱にも負けず、現在地に本格的な競馬施設を造り上げた。以後、通年開催が可能な快適な気候を持ち、そしてロサンゼルス地域の経済発展にも助けられ、カリフォルニア州というよりも米国西側全体の競馬の中心地としての地位を守っている。
1940年には映画で有名となったシービスケットがサンタアニタHに優勝。ケンタッキー州産馬の有力馬達も徐々にサンタアニタパーク競馬場、その周囲の調教施設に拠点を置くようになった。ジャパンカップに参戦した名馬ジョンヘンリーもそうした1頭である。日本馬産の歴史に大きな1ページを記したサンデーサイレンスは同場でデビューし、翌年G1サンタアニタダービーを制した勢いでG1ケンタッキーダービーに優勝。昨年37年ぶりに三冠馬となったアメリカンファラオもここを拠点としていた。現在は厩舎61棟、約2100頭のサラブレッドの住み家となっている。
サンタアニタ競馬場は1995年に東京シティ競馬と友好交流提携を結び、その記念競走である東京シティカップは2005年にG3競走として昇格している。元々、成功したアジア系移民が多いという土地柄も、日本の競馬関係者やファンにとってサンタアニタパーク競馬場を親しみやすいものにしている。
(文:吉田直哉)
(2023年10月現在)
「エル・カミーノ・リアル」と名付けられているサンタアニタパーク競馬場の芝馬場はメイン馬場(ダート)の内側に造られた7ハロン(1400メートル)のコースだ。この地域に適したヴァンデラ・バミューダグラスが植えられた舞台は、もともと小回りと言われるダート馬場よりもさらに内側に位置するため、走りやすさと安全のためにコーナーにはバンクが施されている。
過去39回のブリーダーズカップ(以下、BC)開催で、芝部門の歴史を支えてきた二つの競走のひとつBCマイルはグランドスタンド前から発走となる。25セント硬貨に代表されるように、米国は何事も4分の1に分けるのが好きな国民性で、芝マイル戦も400メートルを4回続けて走るといったレース展開が多くなり、これを英語では「ワンペース」と称して陸上競技の中距離のような一定のペースが基本戦術となっている。第1コーナーまではおよそ340メートル。この短い距離での位置取りが最初のポイントとなるゆえ、BCマイルはダート馬場の激しさに負けない幾つもの好勝負の舞台となってきた。またサンタアニタパーク競馬場の1600メートル以上で行われる芝のBC競走で唯一メイントラックを横切らないレイアウトであることも隙のない展開を産む要因となっている。
一方、欧州勢がこの馬場を走る場合はどうなるか。BCマイルで多くの名馬を輩出してきたフランス調教馬を見ていると、馬群内がかなり混み合っても前方ではなくその馬に合った位置を取り、最初の2ハロンを我慢しながら進めていく。普段から隙がない競馬をしているからこそ出来る芸当だろう。
そしてこの芝マイルコースのもうひとつのポイントは第4コーナーからゴールまでがおよそ300メートルであることだ。先行馬は前残りのレースを目指し、中団待機組は早めの追い出しを仕掛けてくる。米国の第3コーナーは他国の4コーナーを意味するものと見てよいだろう。
こうして欧米人馬の激突が見られるのがサンタアニタ競馬場芝マイル戦の醍醐味である。
(文:吉田直哉)
(2023年10月現在)
サンタアニタ競馬場は1周1マイル(1600メートル)のダート馬場がメインで、他の米国の競馬場同様、芝コース(7ハロン、1400メートル)がその内側に設置されている。また向正面後方にある丘からも緩やかな下りの芝コース(6.5ハロン、1300メートル)が追加設置され、これが4コーナーに繋がり、ダートコースへ横切り芝馬場に続く。4コーナーからゴールまでは1.5ハロン(300メートル)である。
ウインマリリンが出走を予定しているブリーダーズカップフィリー&メアターフ(芝2000メートル)は、この追加走路の途中から発走となり、2ハロンほど走ってからダートコースを横切り、芝走路を一周する。第1関門は最初のコーナーだ。メインの芝馬場に入る前に前方の内ラチ沿いのポジションを取ろうとする騎手が多いのだが、芝からダートに入る時に馬がバランスを崩しやすく、数テンポ遅れてしまうことがある。また、最初の芝2ハロンは下りのためスピードが出やすく、コーナーで外側に膨れて先行馬と差が開いてしまう危険もある。芝の周回馬場に入ってから仕切り直しをすることも可能だが、その場合でも1、2コーナーは、ロスなく回ることが要求される。
芝2000メートル戦で注目したいのは向正面以降だ。米国勢は距離的なロスを抑えるため好位置の確保に懸命になるので、3コーナーから最終コーナーの馬群の密集具合が増す。ここが欧州・日本から遠征馬にとっては第2関門になるだろう。一方、欧州勢は最終直線(300メートル)が追い込みに短過ぎることが判っているので早目に仕掛けることもある。ロングスパートも勝利への有効な手段だ。
ところで日本でダートと言えば「砂」だが、米国のそれは「土」である。実はサンタアニタパーク競馬場では四肢にかかる負担に配慮し、2007年にダートからシリコンやゴム、そして粘土等を混ぜた全天候型素材に切り替えたことがあった。しかし、基礎部分の排水工事が適切に行われなかったこともあって、素材の特徴を十分に活かすことができず、また芝馬に有利という傾向が批判を浴び、2010年に再びダートに戻している。
一方、芝コースは2016年6月にすべて新しく造成され、秋開催から使用が開始された。今回はバミューダグラス(行儀芝)の中でもバレンダというカリフォルニア北部でよく使われている草種が採用されており、主催者側は、根がさらに深く広く張り巡らされるよう管理に努めている。この芝コースについては時計が速くなるがクッション性に問題は無し、という声がある一方で、降雨後や散水後には予想以上に重くなるという意見も聞こえる。いずれにせよ、元々先行馬に有利だとされた傾向は、今のところ変わりはなさそうだ。
(文:吉田直哉)
(2023年10月現在)
サンタアニタパーク競馬場のダート2000メートルは、ブリーダーズカップ(以下BC)の歴史を支えてきた大舞台のひとつである。日本とは異なり、ダート主体の北米ではウッドバイン競馬場(カナダ)を除き芝コースが内側に、そしてメイントラックとしてダートコースを外側に造っている。今回のBCクラシックの舞台は、1周1600メートルのダート馬場をフルに利用したレイアウトとなっている。出走馬は第4コーナーのシュートから発走しグランドスタンドを横切り1周して戻る。つまり、出走馬はホームストレッチを2回、バックストレッチを1回走るわけで、短・中距離戦とは異なりコーナーでの位置取りによる有利・不利が抑えられて力勝負のレースが行われるようなコンセプトになっている。次にこの楕円コースの3つのポイントを紹介する。
まず直線重視か、またはコーナーでのロスをどう抑えるかを重視するかは、陣営や各馬の脚質によって決められるが、米国西部の調教師たちは後者を選択することが多い。当然、騎手や馬もそうしたレースに慣れてくるため、2000メートルという距離でも先行策で最初の2ハロン(400メートル)を組み立てる馬が半数以上いる。内側有利説が米国で説得力を持つのはこのためである。
次のポイントは、控える競馬を選ぶ場合は後方ではなく中団そして内ラチ近くを通り第1コーナーに入ることだ。米国馬は陸上競技に例えると中距離選手のようなもので、先行馬が最後まで持つことが少なくない。先行馬に離され過ぎず向正面に周り徐々に差を詰めていく。これが2つ目のポイントだ。
最後のポイントは第3コーナーからゴールまでの間で、サンタアニタパーク競馬場のゴール板はゴール後の減速時の安全に配慮され第1コーナーよりかなり手前にあり、レース中の最後の直線と言われる区間は約300メートルしかない。そのため、第3コーナー以後、不用意に外側を回ると脚を残したままレースを終えてしまうため、追うタイミングに注意しなければいけない。以上がサンタアニタ競馬場のダートコース2000メートルの概要だ。
一方、雨天の場合は状況がかなり変わる。元々雨の少ない場所なので排水、具体的にダート下の暗渠(あんきょ)の設備が東部ほどではない。雨天開催時は水が引きにくいことを考慮して予想しなければいけない。加えて米国のダートは粘土質なので、稍重や下限ギリギリの良馬場は脚抜きが悪くて不良馬場より難しいこともある。そうした時は重心が低く、地表をわしづかみにするような走り方の馬に注目してレース展開を想像してみると良いのではないかと思う。
文:吉田 直哉
(2023年10月現在)
芝競走の中心となる楕円コースについては芝1600メートルの紹介で述べた通りである。サンタアニタパーク競馬場のユニークな点は、ヒルサイドシュートと呼ばれる区間が、第4コーナーから始まりメイントラックを外側から包み込むように第3コーナーに延び、そこからバックストレッチ背後に敷設された駐車場へ向かう1600メートルの長さを持つことだ。シュート全体は第4コーナーへかけて下っており、以前はこのシュートで芝短距離戦も多く行われていた。
さてブリーダーズカップ(以下、BC)開催芝部門の真打ちであるBCターフの舞台2400メートルのスタートは、このヒルサイドシュートの中間地点に設定されている。発走直後に僅かに右へ曲がるが、最初のコーナーまでの距離およそ200メートルはほぼ直線と考えて良いだろう。またヒルサイド部分は、芝の楕円コースよりも4.6メートルほど狭くなっており、正確にはS字コーナーを進むが馬群はそれほど左右に広がらず、出走馬たちは他馬の動向を確かめながら、ゆっくりしたペースで第4コーナーとの合流点へ向かっていく。
その合流点は第4コーナーの入り口で左折しながら入って、メイントラック(ダート)を横切る。カーブを曲がって直線に入った直後であることから、ダート馬場に入る時、そして芝馬場に入る時にバランスの崩れを最小限に抑えるため、概して最初の3ハロンはゆっくりしたペースで進む。
レースが動き出すのは2箇所で、最初のターニングポイントはダートコースを横切った直後で言わばここがレースの始まりと言えるのかもしれない。前で競馬をするか、それとも中団待機するかがここで分かる。そして、もう一つのターニングポイントは第3コーナーで、短い直線を考慮してロングスパートを目指す人馬はここから動き出す。
このように最初の3ハロンと最後の3ハロン。それがサンタアニタパーク競馬場芝2400メートル観戦のポイントである。
文:吉田 直哉
(2023年10月現在)