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イギリスは近代競馬発祥の地である。
日本が戦国時代だった1539年(1540年説もある)には早くもチェスターにイギリスで初めてとなる常設の競馬場が誕生(現在のチェスター競馬場)。その後、ドンカスター、ニューマーケット、ヨークなど各地に同様の施設が造られていき、17世紀の初頭には十数か所で競馬が行われていたようだ。
また、イギリスの競馬は王室の保護奨励の下で発展してきた面が強く、17世紀から18世紀にかけての国王でいえば、ニューマーケットがイギリス競馬の中心地となる礎を築いたジェームズⅠ世(在位1603年から1625年)、ニューマーケットをさらに発展させたほか、自らが手綱を取ってレースで優勝したこともあるチャールズⅡ世(在位1660年から1685年)、アスコット競馬場を創設したアン女王(在位1702年から1714年)の庇護はよく知られている。ただし、この頃の競馬は、王侯貴族による娯楽の意味合いが強いもの。共通のルールに基づいたものではなく、出走馬の出自や競走成績についても詳細な記録は残されていない。
近代競馬の基礎が整ったのは18世紀のことだ。競馬に関する様々なルールを制定し、公正確保の番人として約250年の長きにわたってイギリス競馬を統括したジョッキークラブが1750年に設立されたほか、1727年にはイギリス各地で行われていた競馬の詳細な結果を記載した競走成績書(のちのレーシングカレンダー)がジョン・チェニーの手によって発刊。ルールの制定とそれに基づく裁定、そして競走成績の詳細な記録という近代競馬には欠かせない要素が整備されはじめた。加えて、サラブレッドを定義づける最初の一歩という意味で、1791年にジェームズ・ウェザビーによってジェネラルスタッドブック(血統書)が刊行されたことも意義深いものがある。
また、競馬のやり方が、ヒート競走(複数回勝負)からダッシュ競走(1回勝負)へと移り始め、それに伴ってレースの短距離化、競走年齢の若年化、さらにマッチレースから複数の馬主がお金を出し合って賞金とするステークス方式へと移行していったのもこの頃のこと。そのような流れの中で、1776年に3歳馬による英セントレジャー(当時16ハロン=約3200メートル)が創設されて成功を収めると、その3年後には英オークス、さらにその翌年の1780年には英ダービーが誕生した。イギリスが近代競馬発祥の地といわれるのは、このようにして現在の競馬に繋がる形式を世界に先駆けて整えていったからである。
現在のイギリス競馬は2007年に発足したBHA(英国競馬統括機構)によって統括されている。競馬は、クリスマスとその前の数日間を除いて年間を通して行われており(2024年は12月23日から12月25日の開催なし)、このうち平地競馬のハイシーズンとなるのは春から秋にかけて。3歳王者を決める6月上旬の英ダービー(G1)、イギリス王室所有のアスコット競馬場でプリンスオブウェールズSを含む計8つのG1を連続5日間で相次いで行う6月中旬のロイヤルアスコット開催、そして中距離王者を決める英チャンピオンSを筆頭に4つのG1を1日でまとめて行う10月の英チャンピオンズデーがシーズンのハイライトとなる。
また、イギリスでは障害競馬も非常に盛んで、平地とは反対に冬の間がピーク。チェルトナムゴールドCを含む14の障害G1を4日間でまとめて行う3月のチェルトナムフェスティバル、イギリスにおける馬券売り上げ第1位を誇るグランドナショナルをメインレースとする4月のグランドナショナル開催などが広く知られている。
現在、イギリスにおいて、プロによるサラブレッドの平地及び障害競馬が行われている競馬場は59(北アイルランドにある2つの競馬場はBHAではなくホースレーシングアイルランドの管轄であるため除いた数字)を数える。その中にはアスコット競馬場、ヨーク競馬場、英ダービー(G1)や英オークス(G1)の舞台となるエプソム競馬場など大レースを行う競馬場が数多く存在するが、英2000ギニー(G1)や英1000ギニー(G1)などを行うニューマーケット競馬場のあるニューマーケットには競馬場だけでなく、2500頭以上の現役馬が拠点としている調教場、ドバウィ(2022年の英愛リーディングサイヤー)、トゥーダーンホット、パレスピアなどを繋養するダーレーのダルハムホールスタッドをはじめとする大牧場、それにヨーロッパを代表するセール会社であるタタソールズ社がセールを開催する会場なども集中。世界最大の馬の町となっている。
イギリス競馬における大きな特徴としてはブックメーカーにおける賭けが主流であることが挙げられる。ブックメーカーにおける馬券売り上げのシェアは約99%(2019年のデータ)にも上り、日本で行われているパリミュチュエル方式(運営者が売上額から一定額を控除し、その残額を的中者に投票額に応じて比例配分する方式)による馬券売り上げを圧倒している。なお、ブックメーカーは競馬産業から独立した存在であるため、競馬産業は、イギリスの政府外公共機関である競馬賭事賦課公社を通してブックメーカーから賦課金を受け取り、それを賞金などに充てるシステムを築いている。
イギリスの2023年のサラブレッド生産頭数は4510頭で、これはアメリカ、オーストラリア、アイルランド、日本、アルゼンチン、フランスに次ぐ7番目の規模。主要な牧場はニューマーケットに集中している。また、隣国のアイルランドとは生産においても競走においても密接な関係があり、種牡馬の成績に関しては両国合わせてのデータがスタンダードとなっている。
文:秋山 響(TPC)
(2024年8月現在)