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騎手はステッキ1本持っていればどこへ行っても乗れる仕事。

武 豊 騎手Yutaka Take

1969年生まれ、父は元騎手の武邦彦。競馬学校第3期生。1987年にデビュー後はまたたく間にトップジョッキーとなり、さまざまな記録を塗り替えてきた。海外でも早くから活躍し、1991年にはセネカHで海外重賞初勝利を達成。1994年ムーランドロンシャン賞ではスキーパラダイスで日本人騎手による史上初の海外G1制覇。1998年モーリスドゲスト賞ではシーキングザパールで日本調教馬による史上初の海外G1勝利を成し遂げた。2004年には日本人として前人未到の海外通算100勝を達成している。

  • 早くから抱いていた世界への憧れ

    僕は親父がジョッキーで競馬の情報がいつも家にあったので、自然と海外の競馬への憧れも持つようになっていました。子供の頃はレスター・ピゴット(英ダービー9回制覇など20世紀を代表するイギリスの名騎手)とか、いいなあと思っていましたね。ジャパンカップが始まったのが、確か僕が中学生くらいの頃(1981年)。キャッシュ・アスムッセン(アメリカの名騎手)がメアジードーツで第1回を勝って、いやあ、かっこよかったですね。

    競馬は世界中どこでも行われていますし、馬は移動の制限があったりしてたいへんですけど、騎手はステッキ1本持っていればどこへ行ってもやれる仕事。今思えば、この頃からそういうかっこよさに憧れていたのかもしれないですね。

  • 若くして世界へ出て行く

    初めて海外で騎乗したのはデビュー3年目、1989年の夏でした。イナリワンで春の天皇賞と宝塚記念を勝って、そのオーナーがアメリカにも馬を持っているので乗ってみないかと誘われて渡米しました。それまで雑誌とかでしか見ていなかった世界ですから、調教ひとつとってもすべてが初めての経験で、すごく刺激を受けましたね。

    早くにそういう機会を得られたことはラッキーだったと思います。そこからはほぼ毎年、年末年始や夏を利用してどこかへ行って騎乗しました。オーストラリア、アメリカ、フランス……。どこも新鮮でしたし、見るものすべてが収穫でした。

    日本には世界の騎手が集まるワールドオールスタージョッキーズというイベントが12月にありますけど、同じような国際騎手招待競走が香港やイギリスにもあります。そういうものに招待されて乗りに行くのも好きですね。普段は自分が日本人だなんて意識することはそうないですけど、ああいう舞台では“日本代表”という気持ちになるし、いいところを見せたいという気持ちも強くなります。

  • 日本を離れアメリカ、フランスで長期滞在した日々

    僕は2000年にアメリカの西海岸で1年間騎乗して、2001年から2002年はフランスを拠点に騎乗しました。本当はもっと前からやってみたかったんですが、ビザの問題とか、日本の騎乗馬の関係があったりしてなかなかそのタイミングがなくて。だから、迷ったりためらったりというのは一切なかったです。

    最初の長期滞在の場にアメリカを選んだのは、やっぱり自分が最初に行った海外がアメリカだったということもあると思います。それに西海岸の競馬自体、好きだったんですよ。当時そこで乗っていたクリス・マッキャロン(ブリーダーズカップ9勝のアメリカの名手)とかゲイリー・スティーヴンス(世界中で活躍したアメリカの大騎手)とかが好きで、そこへ行けばこの人たちと毎日乗れるんだ、と。当然、厳しい場所なのはわかっていましたし、実際うまくいかないことも多かったですが、でもすごくいい経験になりました。

    ちょうどその年のブリーダーズカップの日に、フランスからモンジューで遠征して来ていたジョン・ハモンド調教師と話をしたときに、「来年はフランスに来て厩(きゅう)舎の主戦として乗ってほしいと誘われたんです。アメリカでもうちょっと続けたい気持ちもありましたけど、でもあのハモンド調教師に誘われるというのも魅力的なチャンスですからね。これを逃す手はないなと思って、翌年からはフランスを拠点にしたというわけです。

  • 凱旋門賞というレースへの想い

    凱旋門賞には、これまで6回乗っています。最初のホワイトマズルの6着はもちろんですが、ディープインパクトの3位(後に失格)もキズナの4着も、みんな悔しかったですね。でも悔しい思いができるのも、自分がそこに参加しているからこそです。いつか勝ちたいレースですが、そのためにはこれからもあの舞台で乗れる騎手であり続けないといけません。

    凱旋門賞を勝つために、あと何が必要なのかというのはよく聞かれる質問ですが、日本の馬はもういつ勝ってもおかしくないレベルにあると思います。騎手としては、世界中どこでも、チャンピオンジョッキーがいちばん強い馬に乗れる確率が高いわけです。騎乗技術を磨いて、そういう強い馬が回ってくる騎手であり続けるというのが、(凱旋門賞を勝つために)僕ができること。シンプルですよ。

    凱旋門賞を勝つと、関係者は馬車に乗ってスタンド前をパレードして表彰式に向かうんですよ。あの馬車、いつかぜひ乗ってみたいですね(笑)。

    • 2013年 凱旋門賞 キズナ

      2013年 凱旋門賞 キズナ

  • 若い騎手たちに

    競馬は世界中で行われていますが、すでに日本はその中でもトップクラスのレベルにあります。だからこれから騎手になる若い人たちは、いちいち日本、海外と区別しなくてもいいのかな、と思います。だって普通に日本で乗るだけで、自然と世界の競馬の中にいることになるわけですから。

    これから騎手になる人は本当にラッキーだと思います。僕が騎手になった頃なんてまったく遠い存在だった世界が、最初から近くにあるんですから。

    海外で騎乗するチャンスがあるなら、日本で経験を積んでからなんて考えずに、どんどん挑戦した方がいいと思います。若いうちに行けるならなおさらです。長く留守にしていたら日本の騎乗馬がいなくなるかも、みたいな後ろ向きの考え方では何もできないですよ。恐れずにチャレンジするような若い騎手が登場するのを、僕も楽しみに待っています。

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