岩下 智之競馬学校フィジカルトレーニング講師
1964年生まれ、中央大学出身。民間フィットネスクラブ勤務を経て、2001年にトレーニングコンサルティング会社ウィリングコーポレーション設立。未就学児から児童・生徒を対象とした独自メソッドを用いた水泳教室を主宰するほか、パーソナルトレーナーとしてアスリート、プロ格闘家等、幅広いクライアントから信頼を得る。2007年より競馬学校フィジカルトレーニング講師を務めている。
騎手を目指す課程生にとっては、ただ筋肉を付けるのではなく、想い通りに自分の体を動かせるようになることが重要です。体力はもちろん必要ですが、それ以上に自分の体を使って馬と一緒に表現する能力を、段階を踏みながら3年間で身に付けていきます。
競馬の騎手は「不安定なもの(疾走する馬)の上で馬と協調しながら能力を発揮する」アスリートといえます。自分の身体のコントロールを、不安定な馬の上でできることが大事で、そのためにはまず柔軟でしなやかな体幹の強さが求められます。
また、競馬学校の授業で重視していることに「体性感覚」というものがあります。自分の頭や手足が重心(馬の重心や運動の速さも含めて)に対してどこにあるのか、それを感じながら動けることが、良いジョッキーには必要なのかなと思っています。
メニュー作りで心がけているのは、入学から卒業までだんだんと難しく、強度を上げていくことです。目指しているのは、頑張ってついてくれば自然と上達してできるよ、というもの。例えば入学したての課程生はマットの上での前転から始めますが、それが約1年後、授業が50回目くらいになると、当たり前のようにバック転や、踏み切り板を使って空中前転もできるようになっています。天井から垂らした綱を登っていくトレーニングも、最初は当然、登れませんが、やはり1年後には、自分の体重の半分ほどもある重りをつけてもみんな登れるようになっています。
各トレーニングメニューは課程生たちの到達度を見ながら修正・発展していきます。つらいだけではなく、楽しくできるようにも工夫しています。楽しくやりながら自分の能力が上がっていることを実感できるのがいちばんですし、そうでなければ続きませんから。
メニューは飽きずに楽しくできるよう、いろいろなものを用意しますが、随所に「騎手」を意識した工夫も取り入れています。例えばトランポリンの上のメニューでは、ただ体を動かすのではなく、ヘルメット・プロテクターを身に付け、片手にステッキを持って実際に騎乗するときに近い格好で色々な動作をやってみる、というように。また自分の動作を常に視覚で把握しながら動き、修正できるようにトレーニングは大きな鏡を前に置いて行ったりもしています。
反面、不透明なゴーグルをつけ、目からの情報を減らした状況での動作をする場面をあえて設けるなど色々な状況で「体性感覚」を養うことを心がけています。
また、触れ合うことで仲間意識が芽生えればと考えて、2人1組のメニューも取り入れています。同期というのは卒業後も大事な存在になりますからね。
フィジカルトレーニングの授業は、これまで1年生は週に2回、2から3年生は基本的に週に1回でした。特に2年生の後半からはトレーニング・センターでの厩(きゅう)舎実習期間となり、競馬学校を離れますからなかなかトレーニングができないのですが、そうするとどうしても3年目の秋に学校に帰ってきて、最後の仕上げをするときには、騎乗技術はさておき、もったいないことにせっかく身に付けたフィジカル能力が落ちてしまっている傾向があります。ですので、それを改善し、2016年からはトレーニング・センターでの授業の時間数を増やしていきます。
厩舎実習に行ったら、調教師の先生などから指導されたことを実現するにはフィジカル面で何が足りないのかを自分で考えてトレーニングをできるようになるのが理想です。プロとしてデビューしたら、そういうことが必要ですから。
そんなふうに、自分に何が足りないのか、どう補っていくのかに気づくためにも「体性感覚」を養っておくことは重要です。単純に体力を付けるだけでなく、そういうことに気づける体の感覚や感性を作りあげていくことが、競馬学校で行うフィジカルトレーニングの授業目標だともいえるでしょう。
もともと体力に自信がない課程生も当然いますが、3年間、責任を持って指導するので大丈夫です。段階を踏んでいくことで、みんなきちんと高いレベルのフィジカル能力を身につけ上達していきます。ただそこで大事なのは、皆さんが「自分に負けない気持ち」を持っているかです。最初から運動神経が良かったり腕力の強い子より、あきらめず、まじめにコツコツ頑張れる子の方が、最後には誰よりも動けるようになっているケースはよくあります。そういう意味でも、強い気持ちさえあれば体力に自信がなくても大丈夫です。
もちろん、女の子でもまったく心配する必要はありません。基本的に授業では男子と女子の分け隔てなく指導しています。とはいえ、男女差はありますから、入学後の様々な時期や状況に応じて自主トレーニングメニュー(伸ばすところは伸ばし、足りないところは補っていく内容)を渡し、それでも付いてこられるような授業体制を心がけています。安心して入学してください。