はじめに、「ギャンブル障害」(Gambling Disorder)について、精神科医である河本泰信先生にご説明いただきます。
ギャンブルとは「より価値のあるものを得ることを目的に、自分にとって価値あるものを危険にさらす行為」です(注1)。そしてこの行為に伴う興奮(期待感あるいは達成感)や非現実感を一人であるいは友人らと味わうことを目的とするギャンブルをレジャーギャンブルあるいは社交的ギャンブルと呼びます。勿論その場合には一定の対価を支払うことになります。ほどよく楽しむことにより、生活に豊かさが加わるわけです。多くの方はこのようなギャンブルのプラスの面を楽しみ、上手く付き合っていることと思います。
一方で、ギャンブルが習慣化するにつれ、「より強い興奮を得るため」あるいは「嫌な気分を晴らすため」に掛け金を増やすようになる方がいます。その場合、支出金額が増えるため、「もったいない」と感じることも多くなります。このような後悔が重なると、支出に対する執着が強まり、「今日の負けを速やかにギャンブルで取り戻す」という非現実的な目的に引きずられるようになります。これは「もったいない」(やめたい)と同時に「取り戻したい」(継続したい)と考える不可解な状態です。このためギャンブル戦略も場当たり的になります。そうなると歯止めがききにくくなり、支出金額が小遣いの範囲を超えます。その結果、借金や家庭内紛争などのギャンブルのマイナスの面が噴出します。このような首尾一貫しない矛盾に満ちたギャンブルを繰り返すことが「ギャンブル障害」の本質です。
ただこのような状態でも、アルコールなどの物質依存症と異なり、過半数の方は遅かれ早かれ自己の矛盾に気づきます。そして自然に他のレジャーあるいはレジャーギャンブルに移行します。しかし、一部の障害ギャンブラーは多重債務や家庭崩壊、さらには自殺企図に至ります。この場合、その方の素因あるいは背景に何らかの問題がある場合が多いようです。それゆえ自然回復困難な重症化事例の場合は医療機関等に助けを求めてください。
ギャンブル障害の原因は様々です。ここでは7つの仮説について紹介します。
このように様々な仮説があり、それぞれに対処法が連動しています。順番に列挙すると薬物療法・行動療法、損得認知療法、欲望充足法、カウンセリング(個人/集団)、環境遮断・生活訓練、人格修養および(宗教的)諦念等です。ただいずれも決定的な優位性はないのが実状です。このため、単一の仮説にのみ依拠することは避けるべきです。特に「医学的な仮説」にとらわれないことが重要です。せっかくの気づきのチャンスを「病気か否か」の無益な議論でつぶしてはいけません。「精神の病気」というレッテルを貼られることへの強い抵抗は一朝一夕では消せません。いずれにしてもこのような状況や個々人の特性を考慮して各仮説とその対処法を順次試してゆくことになります。
ちなみに、私が主に勧めている治療指針は「禁欲主義」(ギャンブルという毒物をできるだけ規制する)よりも「快楽主義」(ギャンブルを含めた生活を楽しむ)に視点を置いた、「欲望充足法」です。
岡山大学医学部卒業
国立病院機構久里浜医療センター
(精神科医長/ギャンブル障害診療研究担当責任者)等の勤務を経て、現在、よしの病院 副院長
「ギャンブル依存症からの脱出」SB新書 他