1997年にデビューすると、新馬戦を7馬身差で圧勝し一躍クラシック候補に名乗り出る。弥生賞(GⅡ)8着の後、500万下、プリンシパルSを連勝し、日本ダービー(GⅠ)まで駒を進めるが9着に終わる。秋シーズンも天皇賞(秋)(GⅠ)や香港国際カップ(G2)などに挑戦するが勝ち星をあげることはできなかった。
翌1998年は、バレンタインSから始動する。国内で初めて武豊騎手とコンビを組み、4馬身差で逃げ切る。続く中山記念(GⅡ)、小倉大賞典(GⅢ)も逃げ切って連勝。その次走の金鯱賞(GⅡ)では、ハイペース大逃げのまま直線に入ると、2着に1秒8差もつける圧勝劇を演じ、ついに独自の逃げのスタイルが確立された。続く宝塚記念(GⅠ)も1番人気に応え逃げ切り、5連勝でGⅠ初勝利を飾った。そして、毎日王冠(GⅡ)では無敗の3歳馬エルコンドルパサーとグラスワンダーと対戦。影も踏ませず圧勝し、ついに現役最強馬であることを見せつけた。
しかし、最大の目標であった天皇賞(秋)、6連勝中で圧倒的1番人気に支持されての参戦であったが、4コーナー手前で左前脚を骨折しそのままターフを去った。
サイレンススズカSilence Suzuka
1994年5月1日 牡 栗毛
父:サンデーサイレンス 母:ワキア
父サンデーサイレンスから「サイレンス」+冠名
開催日 | レース名 | 開催場所 | 着順 | 騎手 | コース・距離 | タイム | 1(2)着馬(注釈) | レース映像 |
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1997年 2月1日 |
4歳新馬 | 京都 | 1 | 上村 洋行 | 芝1600 | 1:35.2 | (パルスビート) | |
1997年 3月2日 |
弥生賞(GⅡ) | 中山 | 8 | 上村 洋行 | 芝2000 | 2:03.7 | ランニングゲイル | |
1997年 4月5日 |
4歳500万下 | 阪神 | 1 | 上村 洋行 | 芝2000 | 2:03.0 | (ロングミゲル) | |
1997年 5月10日 |
プリンシパルS | 東京 | 1 | 上村 洋行 | 芝2200 | 2:13.4 | (マチカネフクキタル) | |
1997年 6月1日 |
日本ダービー(GⅠ) | 東京 | 9 | 上村 洋行 | 芝2400 | 2:27.0 | サニーブライアン | |
1997年 9月14日 |
神戸新聞杯(GⅡ) | 阪神 | 2 | 上村 洋行 | 芝2000 | 2:00.2 | マチカネフクキタル | |
1997年 10月26日 |
天皇賞(秋)(GⅠ) | 東京 | 6 | 河内 洋 | 芝2000 | 2:00.0 | エアグルーヴ | |
1997年 11月16日 |
マイルCS(GⅠ) | 京都 | 15 | 河内 洋 | 芝1600 | 1:36.2 | タイキシャトル | |
1997年 12月14日 |
香港国際C(G2) | 香港 | 5 | 武 豊 | 芝1800 | 1:47.5 | Val's Prince | |
1998年 2月14日 |
バレンタインS | 東京 | 1 | 武 豊 | 芝1800 | 1:46.3 | (ホーセズネック) | |
1998年 3月15日 |
中山記念(GⅡ) | 中山 | 1 | 武 豊 | 芝1800 | 1:48.6 | (ローゼンカバリー) | |
1998年 4月18日 |
小倉大賞典(GⅢ) | 中京 | 1 | 武 豊 | 芝1800 | 1:46.5 | (ツルマルガイセン) | |
1998年 5月30日 |
金鯱賞(GⅡ) | 中京 | 1 | 武 豊 | 芝2000 | 1:57.8 | (ミッドナイトベット) | |
1998年 7月12日 |
宝塚記念(GⅠ) | 阪神 | 1 | 南井 克巳 | 芝2200 | 2:11.9 | (ステイゴールド) | |
1998年 10月11日 |
毎日王冠(GⅡ) | 東京 | 1 | 武 豊 | 芝1800 | 1:44.9 | (エルコンドルパサー) | |
1998年 11月1日 |
天皇賞(秋)(GⅠ) | 東京 | 中止 | 武 豊 | 芝2000 | オフサイドトラップ |