取材・撮影・監修 見上 愛
競馬の先には、 何が あるんだろう?
木づかいプロジェクト
見上愛
競馬場で、初めて競馬を観戦したとき、とてつもない迫力とエネルギーに圧倒されたことを今でも鮮明に覚えています。それからJRAのことをもっと深く知りたくなりました。
そんな思いの中、今回、JRAの社会貢献活動への取組みを取材する機会をいただきました。「馬が人の心を癒す時間。」「地域の想いが宿る木の再利用プロジェクト。」「日本の畜産と未来をつなぐ橋渡し。」3つのプロジェクトへの取材を通してわかったのは、それぞれの活動は、競馬と同じように「人と馬の関係」が根本だということ。そしてそこには静かだけれど確かな“想い”があるということ。このエッセイでは、そんな“想いがつながっていく先”を、私の目線で綴ってみました。
森と木を想う人々の
“気遣い”から生まれたプロジェクト。
1940年の開苑からずっと地域の方々に愛されてきたJRA馬事公苑。私もたまに散歩に来ている大好きな場所です。その公苑の全面リニューアルとともに生まれたのが、どうしても伐採しなくてはいけなかった木を再利用する「木づかいプロジェクト」。そこには、木を活かす職人の技術と地域の人々の想いを大切にした、たくさんの“気づかい”を感じました。
残すだけじゃない、 “活かす”という選択
「木づかいプロジェクト」って、なんだかおもしろい名前ですよね。“木を使う”と“気を遣う”、ふたつの意味が重なった、やさしい響きの名前のプロジェクト。これは、馬事公苑の全面リニューアル※1に伴って、どうしても出てしまうたくさんの伐採木を、できるかぎり無駄にしない、という想いから生まれたんだそうです。
「地域の方からの“できるだけ緑を残してほしい”という声を大切にしました」 そう語ってくださったのは、馬事公苑の内門苑長。その言葉どおり、ここには“残す”だけでなく、“活かす”という理念が息づいています。
プロダクトデザイナーは、それぞれの木の風合いを残すようにデザインに工夫を凝らす。そして職人と力を合わせて、一本一本の木と向き合いながら、丁寧にかたちにしていく。それはまるで、木の声に耳を澄ませるような作業だったのかもしれません。
老朽化のための改修と「東京2020大会」の馬術競技会場としての準備も含め、約6年間かけて行われた再整備。馬術施設と自然公園が調和する新たな空間へと生まれ変わった。
あたたかな 木の温もりに包まれて
そして実際に、公苑内を歩いてみると、木のぬくもりがそこここに残されているのを感じました。まずは、ヒマラヤ杉の伐採木を使った一枚板のベンチに、そっと腰を下ろしてみました。しっかりとした厚みと、美しい木肌が印象的。ほかにも、木の造形をそのまま活かしたベンチには、それぞれ何の木が使われているのかがわかるプレートが付けられています。そこには地域の皆さんの記憶や思い出も一緒に刻まれているのかもしれませんね。
もうひとつの楽しみだったのが、どんぐりの形をしたツリーハウス。釘を使わず、伐採木だけを組んで作られたそうです。なかに入ってみると、木の温もりにすっぽりと包まれているみたいな感覚。小学生の頃にツリーハウスの本を読んで、「入ってみたいなぁ…」と夢見ていたあの気持ち。それが今日、そっと叶いました。
ツリーハウスは馬事公苑の特定イベント日のみの開放となります。
みんなに開かれた、 自然を深呼吸できる場所
馬事公苑内の武蔵野自然林※2は、なるべく手を入れずに保全したそう。それは数年でできることではなく、JRAが長い時間をかけて森を育ててきた証でもあります。
自然林のなかには、「フォレストパス」という大きな遊歩道がありました。それも木づかいプロジェクトのひとつで、使う人を限定しないバリアフリー設計。撮影中にもさまざまな方がこの歩廊を渡っていて、季節を感じながら思い思いの時間を過ごしているのが印象的でした。
私にとっても、馬事公苑は心からリラックスできる場所。あちこちに置かれた伐採木のベンチのなかから、お気に入りを見つけて、座って、ボーっとする。そんな時間が何よりのごほうびです。
馬事公苑内にある、開苑当初からの雑木林を保全したエリア。誰もが安全に自然を楽しめる環境が整っている。
ともに年を重ね、
成長していく
木づかいプロジェクトに関わった、プロダクトデザイナーの兼瀬さん、坂東さんが、「馬事公苑の武蔵野自然林には、伐採木と同じ数の木が植えられています」と教えてくれました。そのなかには、なんと50種類・300本もの桜の木も含まれているそうです。
まだ小さなその木々が、これからどんなふうに育っていくのか、楽しみに見守りたくなりました。木が育ち、子どもたちも育ち、そして私自身も一緒に成長していけたら…。そんな願いが自然と芽生えてきます。
馬が暮らす施設としての価値と、地域の人々に愛される公園としての価値。その両立をサステナブルな取組みとともに実現するJRA。そこには長年に渡って森林保全にこだわり続けてきた熱い想いの積み重なりを感じます。
再利用された木は、使い込むほどに味わいが増していく。人も街もそう。地域の皆さんと同じ場所で、同じ想いを分かち合っていることが、このプロジェクトの大きな魅力だと感じました。競馬という文化が育むぬくもりが、こんなふうに社会とつながっていく。その姿に触れて、あたたかい気持ちになりました。