東京理科大学 先進工学部 電子システム工学科
相川 直幸 教授
信号処理・画像計測・AI応用を軸に、医療・畜産・無線計測などの高度計測技術を研究。さらに、実社会で活用可能なセンシング技術や知能情報処理の実現を推進。
スマートフォンとAIで牛の健康状態が分かる技術が、畜産の現場で開発されています。
研究開発の背景には、人手不足に悩む畜産業界の現実と「牛へのいたわり」があります。
JRAの支援を受けて、この課題に挑むのは、東京理科大学の研究チーム。
デジタル技術を活用した、畜産研究の最前線を追いました。
スマホで牛の健康管理ができる――。畜産業界にも技術革新が進む中、採血なしで血液検査を可能にする新しい研究が注目を集めています。
この具体的な仕組みについて、東京理科大学先進工学部の相川教授は、次のように語ります。
「まず、マルチスペクトルカメラ(特殊な光学カメラ)(※1)で牛のしっぽの裏側を撮影し、血管部分の画像を取得します。その画像データをスマートフォンに送信し、AIによるディープラーニング(※2)で解析します。これにより牛の健康を診断するために必要な血液成分の濃度が推定され、各成分の推定値を瞬時にスマートフォン上で確認できるという仕組みです。」
現在は試験運用の段階ですが、この技術が実装されれば、牛の健康状態を数値でだれでも簡単に確認できるようになるでしょう。これまで時間がかかっていた血液検査が、現場での「撮影」だけで完結します。畜産農家は、血液検査をしなくても牛の体調をスマホで手軽にチェックできるようになるのです。
実は、このようなスマート畜産に向けた技術の開発にも、JRAの支援が深く関わっているのです。
※1近赤外線「複数の特定の波長帯域(900nm〜1700nmの波長を228バンド」を同時に撮影・分析できるカメラ。肉眼では判別できない異物検知などができる
※2膨大なデータから自動で特徴を学習する機械学習手法
馬のイメージが強いJRAですが、日本の畜産業を支援する活動を行っています。
そのひとつが「JRA畜産振興事業」。JRAは、毎年、全国の大学や研究機関などから、畜産に関する研究開発や技術を普及する事業を公募のうえ、助成する取組みを30年以上にわたり続けています。相川教授が代表を務める研究もこの事業により採択されたプロジェクトです。現在、東京理科大学先進工学部と北里大学獣医学部のグループによって研究開発が進められています。
深刻な人手不足に悩む畜産の現場では、業務の効率化が大きな課題です。今回の研究のようなデジタル技術が浸透すれば、経験や勘に頼らなくても、安定した牛の健康管理が可能になるかもしれません。
畜産農家からの期待も自ずと高まります。
相川教授は、今回の研究がもたらす可能性について、次のように語ります。
「人間の健康診断と同じで、牛の血液成分を定期的かつ容易に測定できれば、病気を早期に発見して治療や予防につなげることができます。この技術のメリットは、血液成分の状態から栄養管理ができること。コレステロールやビタミンAなど、牛の飼育管理に重要な項目が数値で分かれば、餌の管理がしやすくなります。」
血液成分を分析するため、牛に針を刺して採血する必要があります。これは畜産農家や獣医師にとって負担の大きい作業であると同時に、牛にとっても痛みやストレスを伴うものです。今後、研究が実り、針を使わない、非侵襲的(※)な血液検査が可能となれば、動物へのいたわりにおいても大きな意味を持ちます。
痛みやストレスを軽減しながら、病気の予防や早期治療にもつながる。畜産現場へのデジタル技術の導入は、労働負担の軽減や効率化だけでなく、動物のへ負担も減らす取組みでもあるのです。
※ 医療において、身体を傷つけず、負担をかけずに検査や治療を行う手法
従来の採血
今回の研究による血液分析
開発の着想を得たのは、血中酸素濃度などが測定できるようになった人間用のウェアラブルデバイスでした。動物も同じくらい簡単に健康管理ができたら、畜産農家の負担解消や畜産物の品質向上に貢献できると考えたのがプロジェクトの発端でした。
はじめは順調でしたが、毛が有る部位だとそれに反射して、上手くスペクトルがとれないことがわかりました。試行錯誤を重ねた結果、尻尾(しっぽ)を持ち上げたときに見える付け根の裏側部分は毛が生えておらず血管も太く、測定に適していることを発見し、研究が進んでいきました。数多くの農家や獣医師の手を借りながらトライ&エラーを繰り返し、2026年4月にはプロトタイプを使った試用が始まります。
相川教授は、JRAの支援制度の意義をこう振り返ります。
「JRA畜産振興事業の公募を通じて北里大学と共同で研究をすることができ、さらには、現場を担う獣医師や畜産農家のみなさんと一緒に取り組めたことは大きなメリットでした。今回のような大きなプロジェクトを1つの研究機関だけで推進するのは難しいですが、JRAの支援を通じて、大学や現場がつながり、成果に結びつけることができそうです。」
牛に向き合う人々の声と、技術を開発する研究者の知見。それらを結びつけたのが、JRAの畜産振興事業です。産学の連携を軸に、現場と研究機関がひとつになったからこそ、今回の研究は大きな成果を生み出しつつあります。
JRAの持続的な支援は、畜産業の効率化と動物へのいたわりを両立させ、日本の食の未来を支える基盤づくりに貢献しているのです。
東京理科大学 先進工学部 電子システム工学科
信号処理・画像計測・AI応用を軸に、医療・畜産・無線計測などの高度計測技術を研究。さらに、実社会で活用可能なセンシング技術や知能情報処理の実現を推進。