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レース6日前の現地6月13日(木曜)。マイケル・スタウト厩舎を訪れ、クリスタルオーシャンを見せてもらった。調教師に話を伺い、そろそろ引き上げようとした際のことだ。ポツリポツリと小雨が降り出した。そのとき、王室から“サー”の称号をいただくマイケル・スタウト調教師が、空を見上げながら言った。
“Nice weather!! It’s England”(良い天気だ。これがイギリスだ)
まさかこの言葉を発した彼が、まさにそんな天候の下で行われたビッグレースを優勝するとは、そのときには考えもしなかった。
5日間連続で行われるロイヤルアスコット開催。総額10億円を超す賞金が用意され、G1は実に8つ。その2日目に行われ、開催中、最も高額賞金のレースがプリンスオブウェールズS(G1)だ。
通常、ロイヤルアスコット開催は毎日メインとなるレースが16時20分発走と決められているが、今年はプリンスオブウェールズSだけ現地時間19日(水曜)の15時40分(日本時間23時40分)の発走となった。
ロイヤルアスコット開催2日目。近衛軍楽隊による演奏
あいにくの天気にも笑顔を見せるエリザベス女王
これを受け、余裕を持って当日の朝5時過ぎにニューマーケットの厩舎を出発したのがディアドラ(牝5歳。栗東・橋田 満厩舎)だ。
7時にはアスコット競馬場に到着した。その時点での天候は曇天。今にも雨が落ちてきそうではあったが、午前中は何とか持ちこたえた。しかし、1レースが始まる頃から小雨が降ったり止んだりを繰り返すと、プリンスオブウェールズSを目前にして、突然、狂ったように大粒の雨が落ち始めた。
フランスから当日移動で12時40分にアスコット競馬場へ到着した武豊騎手。この時点ではまだ雨の落ちていなかった馬場を歩いて下見した。
「昨日もだいぶ降ったと聞いたのでもっと重いと思っていたけど、意外に硬いですね。これならディアドラには合っていそうです」
15時過ぎにプレパドックに姿を現したディアドラの馬体に雨が当たる。その影響ではないだろうが、日本の牝馬は時折少しイライラしたそぶり。いや、良くとらえればドバイや香港のときよりも気合が乗っているという感じか。
パドックに入る頃にはさらに雨足が強まった。そして各馬が返し馬に移るあたりからは本格的な土砂降りに。武豊騎手は後に「自分で歩いたときとは全く違う馬場状態になってしまいました」と語ることになる。
ゲートが開くと、いつも通りデザートエンカウンターが出負けして後方から。同じくシーオブクラスも例によっての後方待機。これに対し、先手を取ったのは予想通りハンティングホーン。同厩舎のマジカルが内の2番手で続き、その外にクリスタルオーシャン。好スタートを切ったディアドラは無理をせず好位の4番手。その後ろにフランスからの遠征馬ヴァルトガイストがいて、さらに後ろにザビールプリンス。後方2頭がシーオブクラスとデザートエンカウンターという隊列で、先頭から最後方までは8馬身前後。しかし、ハンティングホーンのD.オブライエン騎手がペースを落とさず軽快に逃げたため、その差は徐々に広がった。
しかし、これにただ1頭、ぴたりとついて行ったのがL.デットーリ騎手騎乗のクリスタルオーシャンだ。最終コーナーでは早々に先頭に並びかけようとする。その時点で3番手マジカルとの差が少し開いたが、慌ててR.ムーア騎手が手を動かし、その差を詰めにかかって直線を向く。
ラスト400メートル。ロスなく内を回って粘り込みを図るハンティングホーンをクリスタルオーシャンがかわす。それについて来たのがマジカル。しかし、その後ろは誰も追撃態勢に入れない。大外に持ち出したシーオブクラスの伸びが今一つなら、日本馬ディアドラも反応しない。唯一外から差を詰めようとしてきたのがディアヌ賞(仏オークス)勝ちで勢いに乗るP.ブドー騎手が操るヴァルトガイストだが、それでも前を行く3頭とは差がある。
クリスタルオーシャンは舌がハミを越していたため、直線半ばでややコントロールを欠き右へ左へフラフラする。その後ろで一度インを突こうとしたマジカルが外へ出そうとするが、そこでまたクリスタルオーシャンが戻って来たので、再び内へ。デットーリ騎手が狙ってやったのかどうかは定かではないが、一瞬、かわす勢いか!? と思えたマジカルにとっては、痛かった。結局、早め先頭のクリスタルオーシャンが最後までしぶとく、実にしぶとく粘り切り、2分10秒25の時計で優勝。1馬身1/4差の2着がマジカル。最後にハンティングホーンをかわしたヴァルトガイストがマジカルから3馬身1/4遅れの3着。シーオブクラスはハンティングホーンも捕らえ切れず5着で、ディアドラは6着。厳しい流れではあったが、切れ味が削がれる馬場となったため、最後は先行勢の我慢比べ。追い込み馬シーオブクラスは見せ場すら作れずに終わってしまった。
2着マジカルとの我慢比べを制し優勝したクリスタルオーシャン
6着に敗れた日本のディアドラ
勝ったクリスタルオーシャンは、今年に入ってゴードンリチャーズS(G3)とアストンパークS(G3)を連勝。ここまでは昨年と全く同じだったが、昨年はこの後、G2のハードウィックSへ行ったのに対し、今年はG1のここへ果敢に挑戦。デビュー15戦目で自身初のG1制覇を成し遂げた。
昨年のポエッツワードに続き2年連続、これが4回目の本レース制覇(G2時代を含む)となるスタウト調教師は、次のように言った。
「彼は昨年の英チャンピオンS(G1・イギリス。クラックスマンの2着)でも素晴らしい走りをしており、G1を勝つ能力はあると信じていた。2400メートル向きの馬だと思っていたけど、どうやら2000メートルでも良いようだね」
また、騎乗したデットーリ騎手は2011年のリワイルディング以来でやはり本レース4勝目。雨でびっしょりと濡れた勝負服のまま、笑いながらまくし立てるように語った。
「チャンスのある馬に乗せてもらえて感謝している。エネイブルのいない出馬表をみて、がぜん、やる気になったんだ。彼は本当にタフでひどい競馬をしたことがない。これだけの道悪で走ったのは初めてだと思うので、そこだけが心配だったけど、何も問題なかったね」
得意の“フライングディスマウント”を決めるデットーリ騎手
表彰式で笑顔を見せるデットーリ騎手
一方、頼みの綱であるハービンジャーの血を引いていたディアドラだが、武豊騎手は唇を噛みながら言った。
「ここまで馬場が悪くなると、ハービンジャーの仔でも厳しかったです。ペースが落ちるかな……と思ったところでまたペースアップするようなタフな流れで、最後は一杯になってしまいました」
ディアドラ自身、イギリスに渡った後、2週間ほど休ませた。調教再開後も1度、ペースを緩めることがあったそうだが、天才騎手は「状態は良く感じました」と言い、さらに続けた。
「遠征続きの中、スタッフはすごく良くやってくれたのだと思います」
また、この戦いをスタンドで見守った橋田調教師は言う。
「馬は気合も乗って、良かったと思います。ただ、考えていた以上に重い馬場になってしまいました。持久力勝負になってしまったなか、最後の上り坂はディアドラなりに頑張って辛抱はしてくれていたのですが、残念です」
今後の予定に関してはオーナーと相談をして決めるとのこと。帰国のほか、誘致を受けている愛チャンピオンS(G1・アイルランド)も選択肢に入っているようだ。
こうして今年のロイヤルアスコット開催のメインレースは幕を閉じた。1、2着のクリスタルオーシャンとマジカルをはじめ、上位5頭は全てエネイブルに完敗をしている馬たちである。エネイブルが戦列に復帰した際にはあっさりと復権となるのだろうか。それとも鬼の居ぬ間に、ではなく本格化なのか。日本馬シュヴァルグランも出走する予定のキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS(G1・イギリス)で復帰するというエネイブルに注目したい。
蛇足ではあるが、“キングジョージ”をその年に初出走の馬が制したのは2002年のゴーランがジャパンカップ(6着)以来で勝ったのが唯一の例である。史上最強牝馬はそんなデータよりも強いのか。合わせて注目したいところだ。
なお、プリンスオブウェールズSが終わると、次のレースの発走時刻を待たずして、あれほどの土砂降りは悪夢だったのか? と思えるほど天候は回復した。パドックを歩く馬の背を照らす陽光が、何とも恨めしく感じられたが、これも競馬である。そしてこれこそがイギリスの競馬である。
文:平松 さとし
ディアドラを見守る橋田調教師
本馬場に向かうディアドラと武豊騎手
世界の強豪に果敢に挑んだ
ディアドラと武豊騎手(返し馬)
6着 ディアドラ 橋田 満 調教師のコメント
「朝方まではそれほど雨も降っていなくて、大丈夫かなと思っていましたが、直前の雨がかなりこたえました。馬の状態は落ち着いていて非常に良かったです。ゲートの出も良く、前目のいい位置でレースを運べたと思いましたが、ハイペースの中最後は持久力勝負になって苦しくなりました。メンバーもとても強かったですが、最後まで力を振り絞って走ってくれたと思います。今後については馬の状態を見ながら、オーナーと相談していきたいです」
6着 ディアドラ 武 豊 騎手のコメント
「海外遠征が続いている中でも、馬のコンディションはとても良かったと思います。競馬場に到着して馬場を見た時はそれほど水分を含んでいない印象でしたが、直前になって雨がちょっと降りすぎましたね。それでもこなせるかなと思いましたが、少し厳しかったようです。レースは、スタートも良く周りの出方を伺いながら道中はとても良い感じでした。最終コーナーまでは良かったですし、馬も頑張っていましたが、最後は力尽きてしまいました。6着でしたが、メンバーもとても強かったですし、まったくレースをさせてもらえなかったわけではないので今後の日本馬の遠征にも期待ができる内容だと思います。ロイヤルアスコットのような華やかな舞台で日本馬が勝つ時がいつか来ると思います」
2019年6月19日(水) アスコット競馬場(イギリス) | ||
3R |
第126回 プリンスオブウェールズステークス(G1) |
4歳以上,定量 | 1990m 芝・右 | |||
賞金総額 | : | 750,000ポンド | 発走 15:40 (現地時間) | |
1着賞金 | : | 425,325ポンド | 芝:稍重 |
着順 | 馬番 (ゲート) |
馬 名 (生産国) | 性 齢 |
負 担 重 量 |
騎手 | タイム ・ 着差 |
馬 体 重 (kg) |
調教師 (調教国) | 単 勝 人 気 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 1 (06) | クリスタルオーシャン(GB) | 牡5 | 57.0 | L.デットーリ | 2:10.25 | M.スタウト(GB) | 2 | |
2 | 7 (01) | マジカル(IRE) | 牝4 | 55.5 | R.ムーア | 1 1/4 | A.オブライエン(IRE) | 1 | |
3 | 4 (08) | ヴァルトガイスト(GB) | 牡5 | 57.0 | P.ブドー | 3 1/4 | A.ファーブル(FR) | 4 | |
4 | 3 (07) | ハンティングホーン(IRE) | 牡4 | 57.0 | D.オブライエン | 2 | A.オブライエン(IRE) | 7 | |
5 | 8 (05) | シーオブクラス(IRE) | 牝4 | 55.5 | J.ドイル | 2 1/4 | W.ハガス(GB) | 3 | |
6 | 6 (03) | ディアドラ(JPN) | 牝5 | 55.5 | 武 豊 | 4 1/2 | 橋田 満(JPN) | 5 | |
7 | 5 (02) | ザビールプリンス(IRE) | せん6 | 57.0 | A.アッゼニ | 16 | R.ヴェリアン(GB) | 6 | |
8 | 2 (04) | デザートエンカウンター(IRE) | せん7 | 57.0 | J.クローリー | 3 1/2 | D.シムコック(GB) | 8 |
単勝 | 1 | 390円 | 2番人気 | 馬連 | 1-7 | 350円 | 1番人気 | 馬単 | 1-7 | 810円 | 2番人気 |
複勝 |
1 7 4 |
110円 110円 140円 |
2番人気 1番人気 4番人気 |
ワイド |
1-7 1-4 4-7 |
140円 260円 220円 |
1番人気 5番人気 3番人気 |
3連複 | 1-4-7 | 520円 | 2番人気 |
3連単 | 1-7-4 | 2,700円 | 7番人気 |
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