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エネイブルの3連覇なるか、否か。
新装2回目の凱旋門賞当日を迎えたパリロンシャン競馬場の雰囲気は、その一点だけに集約されていた。主催のフランスギャロは、“#Enablechallenge”というハッシュタグを載せたエネイブルの応援ボードを配布し、エネイブルの記念グッズ売り場には、ネット予約が優先でありながら記念にと求めるファンの行列ができていた。
ただ、パリは前夜から当日の昼前まで、断続的な雨模様。馬場の含水量を示す数値は不良に近い重(TRES SOUPLE)の4.1。
第1レースが終わった後のパドックに姿を現した、かつてトレヴで凱旋門賞3連覇に挑んだC.ヘッドマーレック元調教師に話を聞くと、
「こうなってしまうと、もはや”ソフトグラウンド”ではありません。どの馬にも利をもたらさない馬場で、より高いフィジカルを求められるでしょう」
と馬場の傾向を分析していた。
実際、第1レースに騎乗した騎手たちは、口々に
「Not soft, but very sticky」
と印象を話す。ソフトではなく粘る。第1レース前に馬場を少し歩く機会を得た筆者も、芝ごとズリズリと脚がずれていくような、「滑る」というより「持っていかれる」という感じを覚えた。
馬場状態を確かめるゴスデン調教師(左)とデットーリ騎手(右)
3連覇に期待するエネイブルファン
迎えた第4レース凱旋門賞。パドックに馬が次々と現れる。そして8頭目がパドックに歩を進めると、そこかしこから応援の声が上がる。3連覇を目指す5歳牝馬は、その声に少しチャカつくそぶりを見せるも、自分で自分をセーブするように落ち着かせて歩を進める。
騎乗の合図がかかると、歓声はより大きくなり、各馬がコースへと入っていくと、歓声は地鳴りのようにパリロンシャン競馬場全体を包む。
武豊騎手騎乗のソフトライトが最後に枠入りを終えると、すぐさまゲートが開いた。好スタートから押し出されるように前に出たのはフィエールマン(牡4歳。美浦・手塚 貴久厩舎)とフレンチキングで、そこへ外からガイヤースがかわして先頭へ。さらにマジカルもこれを追って先団を形成した。エネイブルはこの直後を追走し、その後ろにソットサスと、内でじっとしながらヴァルトガイストが続く。
フォルスストレートの終わりで、エネイブルがフィエールマンをかわして3番手に上がると最後の直線へ。ガイヤースはあっさりと手応えがなくなり、マジカルが早々に先頭に立つ。そこへ外からエネイブルがソットサスとジャパンを連れて接近。ヴァルトガイストも内から外へ切り替えてこれを追いかける。残り400メートルを過ぎたところで、エネイブルが先頭に立つと、後続を引き離しにかかる。残り200メートルの地点で突き放すと、観衆、そして筆者ももちろん、誰もが3連覇達成の瞬間に胸を躍らせた。
しかし、残り100メートル手前でエネイブルの脚色が急に鈍る。そこへヴァルトガイストが急襲。大どんでん返しに、歓声が悲鳴に変わる中、ヴァルトガイストは1馬身3/4差をつけてゴールを駆け抜けた。
まさかの結末に、ひととおりの悲鳴のあと、場内はシン……と静まった。しかし、レースを終えたエネイブルが引き上げてくると、暖かい拍手が場内を包み込んだ。
「ゴメンな、ありがとう」
パドックに戻り、エネイブルから降りたL.デットーリ騎手は、そう語りかけるかのようにエネイブルの顔に自分の顔を寄せた。
「スティッキーな馬場で、それでいてペースも速く、結果的に最後は疲れてしまった。脚元は問題ない」
J.ゴスデン調教師にそう話すのが聞こえた。足早にその場をあとにしたジョッキーの代わりに、オーナーの代理人であるテディ・グリムソープ卿がメディアに答えた。
「彼女と過ごせた時間、彼女に多くのポジティブなエネルギーが寄せられたことはとても素晴らしいものでした。今後については、オーナーのアブデュラー殿下が決定します」
エネイブルを差し切り優勝したヴァルトガイスト
拍手に迎えられるエネイブル(2着)
しかし、殊勲され祝福されるべきは勝者であることを忘れてはいけない。勝ちタイムは2分31秒97。馬場を考えれば、超絶とも言える走破時計だ。つまり、それだけ濃密で死力を尽くしたレースだったと言える。
ヴァルトガイストはイギリス生産だが、母系は長く継承されてきたドイツの牝系。それがフランスで調教され5歳で戴冠となった。
5歳以上の牡馬による勝利は2002年のマリエンバード以来17年ぶり、フォワ賞からの勝利は1992年のスーボティカ以来27年ぶり、フォワ賞からの連勝となると1984年のサガス以来35年ぶりとなる(但し、サガスは翌年フォワ賞勝利から凱旋門賞1位入線→2着降着)。こちらもエネイブルと遜色ない大きな歴史の壁に挑んでいた。
「アスコットでの走り(プリンスオブウェールズSとキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS、共に3着。G1・イギリス)、そして成熟ぶりに手応えを感じていました。ですが、正直なところ、雨については非常に心配していました」
通算8度目の勝利を挙げたA.ファーブル調教師がそう話すと、共有オーナーのディートリッヒ・フォン・ボエティッヒャー氏は、
「ヘヴィでもソフトでもファームでも、どんな馬場でもレースの前は何か不安になるものです」
と心境を語った。かつてドイツダービー馬のボルジアで2度挑んで敗れたからこその言葉だろう。
手綱を取ったP.ブドー騎手はこれが初の凱旋門賞制覇。ヨーロッパ年間最多勝利記録をマークしたこともある26歳が念願のタイトルを手にした。
「馬場が粘っこく悪いのに道中はペースも速く、追走に苦労していました。それでも機をうかがい、直線ではスピードを上げながらうまく外に出せました。そこからは馬がとてつもないハートを見せました」
新たな壁を打ち破ったヴァルトガイスト。今後についてはオーナー間で協議が必要とのことだが、引退・種牡馬入りが濃厚とのことだ。
文:土屋 真光
初の凱旋門賞制覇を果たしたブドー騎手
新たな壁を打ち破ったヴァルトガイスト
7着 キセキ 角居 勝彦 調教師のコメント
「残念です。前目での競馬をする作戦だったので、思っていたポジションとは違いました。馬群に入りましたが、それほどは引っ掛かっていなかったように思いますし、この馬場も苦手ではなかったはずですが、やはり日本馬にこの馬場をこなすのは難しいですね。ヴィクトワールピサ以来でしたが、凱旋門賞は世界の名馬、名調教師が集うレースで、この挑戦は楽しかったです。今回は良い結果ではなかったですが、いつか皆さんに喜んでいただけるチャレンジができるように頑張ります」
7着 キセキ C.スミヨン 騎手のコメント
「とても良いレースでした。ずっとヴァルトガイストの隣を走っていて、3、4コーナーまで順調でしたが、直線はスピードを上げることができませんでした。パリロンシャンの馬場は特殊で、この粘りの強い馬場はキセキには適していませんでした」
11着 ブラストワンピース 大竹 正博 調教師のコメント
「見てのとおり残念な結果でした。パドックの周回も少なかったので、テンションも上がらずにいつもより良い状態でレースに向かえました。馬場は悪かったですが、どの馬も同じなので言い訳にはしたくないです。騎手との作戦どおり前目につける競馬ができましたが、フォルスストレートですでに手が動いていたので、直線はもう厳しかったですね。私にとっての初海外挑戦がこの凱旋門賞。自分のキャリアの浅さが足を引っ張ってしまいました。しかし、このデータをこれからどんどん蓄積していけば、いつか良い結果が出ると思います。またチャンスがあればこの舞台で走りたいです」
11着 ブラストワンピース 川田 将雅 騎手のコメント
「ニューマーケットでも良い調教ができたので、良い状態で本番を迎えられました。レースも流れには乗れましたが、あまりにも馬場が緩すぎました。こっちはただでさえタフなコースですが、それに加えて今日の馬場は厳しかったです。日本馬3頭とも結果が出せず残念でしたが、この経験を生かしたいし、また挑戦したいです。日本に帰ってもみんな頑張ってくれると思いますので、応援よろしくお願いします」
12着 フィエールマン 手塚 貴久 調教師のコメント
「正攻法の競馬で打ちのめされました。馬場を歩いて、後ろ目での作戦を立てていましたが、思った以上に良いスタートが切れて面食らいました。レース中はそれでも粘ってくれるかと期待しましたが、やはり難しかったです。ニューマーケットからの輸送でしたが、状態は良く落ち着いていたし、レースまでの流れは良かったと思います。馬場の悪さは分かっていたことなので敗因にはできません。凱旋門賞のような最高峰のレースに、しっかりと調整して本番に向かえたのは良い経験になりました。これをどこかで生かしたいし、またリベンジしたいと思います。夜遅くまで応援していただき皆さんありがとうございました」
12着 フィエールマン C.ルメール 騎手のコメント
「残念です。もっと良い結果を求めましたが、早目にバテてしまいました。馬場が重すぎて走りにくかったので、加速できませんでした。馬のコンディションは良かったのですが、パリロンシャンのコースも難しい。やはりもっと速い馬場が良いです。前に行ったのは作戦ではありませんでしたが、スタートが良かったのであのポジションになりました。それでちょっと引っ掛かってしまった。凱旋門賞を見てくれてありがとう。また来年以降も頑張りましょう」
6着 ソフトライト(フランスのJC.ルジェ厩舎) 武 豊 騎手のコメント
「前半スピードが足りずついていくのに苦労しました。馬場が悪いのはむしろ良いと思っていましたし、ラストは良い脚を使う馬なので、諦めずに追いました。大半の馬が大きくバテていた中で最後までしっかり走れましたし、この馬の力は出せたと思います」
直線でスピードを上げられず7着のキセキ
緩い馬場に苦戦し11着のブラストワンピース
早めにバテて12着のフィエールマン
2019年10月6日(日) パリロンシャン競馬場(フランス) | ||
4R |
第98回 凱旋門賞(G1) |
3歳以上 牡・牝 定量 | 2400m 芝・右 | |||
賞金総額 | : | 5,000,000ユーロ | 発走 16:08 (現地時間) | |
1着賞金 | : | 2,857,000ユーロ | 芝:重 |
着順 | 馬番 (ゲート) |
馬 名 (生産国) | 性 齢 |
負 担 重 量 |
騎手 | タイム ・ 着差 |
馬 体 重 (kg) |
調教師 (調教国) | 単 勝 人 気 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 (03) | ヴァルトガイスト(GB) | 牡5 | 59.5 | P.ブドー | 2:31.97 | A.ファーブル(FR) | 9 | |
2 | 8 (09) | エネイブル(GB) | 牝5 | 58.0 | L.デットーリ | 1 3/4 | J.ゴスデン(GB) | 1 | |
3 | 12 (01) | ソットサス(FR) | 牡3 | 56.5 | C.デムーロ | 1 3/4 | JC.ルジェ(FR) | 3 | |
4 | 10 (10) | ジャパン(GB) | 牡3 | 56.5 | R.ムーア | 1/2 | A.オブライエン(IRE) | 2 | |
5 | 9 (08) | マジカル(IRE) | 牝4 | 58.0 | D.オブライエン | 6 | A.オブライエン(IRE) | 8 | |
6 | 11 (06) | ソフトライト(FR) | 牡3 | 56.5 | 武 豊 | 3 1/2 | JC.ルジェ(FR) | 10 | |
7 | 4 (07) | キセキ(JPN) | 牡5 | 59.5 | C.スミヨン | 8 | 角居 勝彦(JPN) | 6 | |
8 | 7 (11) | ナガノゴールド(GB) | 牡5 | 59.5 | M.バルザローナ | 4 1/2 | V.ルカ(CZE) | 12 | |
9 | 1 (05) | フレンチキング(GB) | 牡4 | 59.5 | O.ペリエ | 4 1/2 | H.パンタル(FR) | 11 | |
10 | 3 (12) | ガイヤース(IRE) | 牡4 | 59.5 | W.ビュイック | 2 1/2 | C.アップルビー(GB) | 7 | |
11 | 5 (04) | ブラストワンピース(JPN) | 牡4 | 59.5 | 川田 将雅 | ハナ | 大竹 正博(JPN) | 5 | |
12 | 6 (02) | フィエールマン(JPN) | 牡4 | 59.5 | C.ルメール | 15 | 手塚 貴久(JPN) | 4 |
単勝 | 2 | 3,440円 | 9番人気 | 馬連 | 2-8 | 1,560円 | 6番人気 | 馬単 | 2-8 | 6,570円 | 18番人気 |
複勝 |
2 8 12 |
310円 110円 200円 |
8番人気 1番人気 3番人気 |
ワイド |
2-8 2-12 8-12 |
470円 1,430円 290円 |
5番人気 17番人気 2番人気 |
3連複 | 2-8-12 | 2,490円 | 8番人気 |
3連単 | 2-8-12 | 32,990円 | 98番人気 |