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- 馬名
- シンボリルドルフ
- 父
- パーソロン
- 母
- スイートルナ
- 性別
- 牡
- 毛色
- 鹿毛
- 生年月日
- 1981年3月13日
- 生産牧場
- シンボリ牧場
- 馬名
- トウカイテイオー
- 父
- シンボリルドルフ
- 母
- トウカイナチュラル
- 性別
- 牡
- 毛色
- 鹿毛
- 生年月日
- 1988年4月20日
- 生産牧場
- 長浜牧場
レース成績・映像
| 開催日 | レース名 | 開催場所 | 着順 | 騎手 | コース 距離 | タイム | レース映像 |
|---|
| 1983年7月23日 | 新馬 | 新潟 | 1 | 岡部 幸雄 | 芝1000 | 0:59.2 |  |
| 1983年10月29日 | いちょう特別 | 東京 | 1 | 岡部 幸雄 | 芝1600 | 1:37.3 |  |
| 1983年11月27日 | オープン | 東京 | 1 | 岡部 幸雄 | 芝1600 | 1:39.9 |  |
| 1984年3月4日 | 弥生賞 | 中山 | 1 | 岡部 幸雄 | 芝2000 | 2:01.7 |  |
| 1984年4月15日 | 皐月賞 | 中山 | 1 | 岡部 幸雄 | 芝2000 | 2:01.1 |  |
| 1984年5月27日 | 日本ダービー | 東京 | 1 | 岡部 幸雄 | 芝2400 | 2:29.3 |  |
| 1984年9月30日 | セントライト記念 | 中山 | 1 | 岡部 幸雄 | 芝2200 | 2:13.4 |  |
| 1984年11月11日 | 菊花賞 | 京都 | 1 | 岡部 幸雄 | 芝3000 | 3:06.8 |  |
| 1984年11月25日 | ジャパンカップ | 東京 | 3 | 岡部 幸雄 | 芝2400 | 2:26.5 |  |
| 1984年12月23日 | 有馬記念 | 中山 | 1 | 岡部 幸雄 | 芝2500 | 2:32.8 |  |
| 1985年3月31日 | 日経賞 | 中山 | 1 | 岡部 幸雄 | 芝2500 | 2:36.2 |  |
| 1985年4月29日 | 天皇賞(春) | 京都 | 1 | 岡部 幸雄 | 芝3200 | 3:20.4 |  |
| 1985年6月2日 | 宝塚記念 | 阪神 | 取消 | 岡部 幸雄 | 芝2200 | |  |
| 1985年10月27日 | 天皇賞(秋) | 東京 | 2 | 岡部 幸雄 | 芝2000 | 1:58.8 |  |
| 1985年11月24日 | ジャパンカップ | 東京 | 1 | 岡部 幸雄 | 芝2400 | 2:28.8 |  |
| 1985年12月22日 | 有馬記念 | 中山 | 1 | 岡部 幸雄 | 芝2500 | 2:33.1 |  |
| 1986年3月29日 | サンルイレイS | アメリカ | 6 | 岡部 幸雄 | 芝2400 | |  |
| 開催日 | レース名 | 開催場所 | 着順 | 騎手 | コース 距離 | タイム | レース映像 |
|---|
| 1990年12月1日 | 新馬 | 中京 | 1 | 安田 隆行 | 芝1800 | 1:52.9 |  |
| 1990年12月23日 | シクラメンS | 京都 | 1 | 安田 隆行 | 芝2000 | 2:03.8 |  |
| 1991年1月19日 | 若駒S | 京都 | 1 | 安田 隆行 | 芝2000 | 2:01.4 |  |
| 1991年3月17日 | 若葉S | 中山 | 1 | 安田 隆行 | 芝2000 | 2:03.6 |  |
| 1991年4月14日 | 皐月賞 | 中山 | 1 | 安田 隆行 | 芝2000 | 2:01.8 |  |
| 1991年5月26日 | 日本ダービー | 東京 | 1 | 安田 隆行 | 芝2400 | 2:25.9 |  |
| 1992年4月5日 | 産經大阪杯 | 阪神 | 1 | 岡部 幸雄 | 芝2000 | 2:06.3 |  |
| 1992年4月26日 | 天皇賞(春) | 京都 | 5 | 岡部 幸雄 | 芝3200 | 3:21.7 |  |
| 1992年11月1日 | 天皇賞(秋) | 東京 | 7 | 岡部 幸雄 | 芝2000 | 1:59.1 |  |
| 1992年11月29日 | ジャパンカップ | 東京 | 1 | 岡部 幸雄 | 芝2400 | 2:24.6 |  |
| 1992年12月27日 | 有馬記念 | 中山 | 11 | 田原 成貴 | 芝2500 | 2:34.8 |  |
| 1993年12月26日 | 有馬記念 | 中山 | 1 | 田原 成貴 | 芝2500 | 2:30.9 |  |
距離は万能。戦法は自在。完全無欠の三冠馬の誕生。
- シンボリルドルフは完全無欠の三冠馬だった。1000メートルの新馬戦から3200メートルの天皇賞(春)まで距離は万能で戦法も自在。1985年の日経賞ではスタートから先頭を奪い、2500メートルを逃げ切ってみせた。重馬場だった4歳時のジャパンカップで優勝したように馬場状態も不問だった。ライバルに付け入る隙を与えないのが「皇帝」の走りだった。
- どんな名馬も欠点を持っている。だが学習能力が高く、教えられたことはすぐに覚える聡明さを備えていたシンボリルドルフには、欠点らしい欠点もなかった。管理する野平祐二調教師は「競馬にも絶対があることをお見せしましょう」と豪語したほどだ。
- シンボリルドルフは1981年3月13日に北海道門別町(現日高町)の日高シンボリ牧場で生まれた。シンボリ牧場の本場は千葉県にある。和田孝一郎氏が1920年代に創業した。生産馬を馬主となって走らせることをメインにするオーナーブリーダーだ。1940年にタイレイで桜花賞を制したのがクラシック初制覇となった。日本ダービーは1978年にサクラショウリが優勝したほかシンボリルドルフ、シリウスシンボリが続いた。
- シンボリ牧場が生んだ名馬の1頭にスピードシンボリがいる。有馬記念2連覇などの実績を残したほか、交通事情も悪かった1960年代に米英仏の海外遠征を敢行した日本競馬のフロンティアだ。そのスピードシンボリの娘スイートルナがシンボリルドルフの母になる。シンボリルドルフの父パーソロンもシンボリ牧場が輸入した種牡馬である。シンボリルドルフはシンボリ牧場が自らの力で生み出した手作りの名馬だ。
- 野平厩舎に入ったシンボリルドルフは調教の時から一味違う動きを見せた。1983年7月に新潟競馬場でデビューし、白星発進すると、いちょう特別、オープン戦と3連勝で2歳時を終えた。3歳時は3月の弥生賞から始動。ライバル・ビゼンニシキ以下を下して重賞初制覇を果たした。皐月賞は1番人気で臨んだ。最後はビゼンニシキとのマッチレースになったが、この競り合いに勝って三冠レースの第一関門を通過した。日本ダービーは単勝支持率58.6パーセントという圧倒的1番人気に支持された。レースは予想以上に苦労したが、最後はスズマッハ以下を破って優勝した。無敗での皐月賞、ダービー制覇は史上3頭目の記録だった。秋はセントライト記念で再出発し、デビューからの連勝を7に伸ばした。
- そして迎えた菊花賞。2周目4コーナー手前からスパートすると前を行くライバルを軽々とかわし、迫るゴールドウェイに3/4馬身差をつけて先頭でゴールした。8戦全勝。シンボリルドルフが史上4頭目の三冠を史上初の無敗で達成した。
- その後、有馬記念(2連覇)、天皇賞(春)、ジャパンカップと4つのGⅠ勝利を積み重ねた。1984年と1985年の2年連続で年度代表馬に選ばれた。
皇帝からその息子へ、帝王が日本競馬史に残した「奇跡の勝利」
- 種牡馬になったシンボリルドルフが初年度に送り出したのがトウカイテイオーだ。
- トウカイテイオーが生まれたのは北海道新冠町にある長浜牧場である。家族経営の小規模牧場だ。トウカイテイオーの馬主である内村正則氏は長浜牧場に繁殖牝馬トウカイナチュラルを預けていた。
▲ 1988年頃の長浜牧場
H.Imai / JRA
- 内村オーナーは牝馬として史上初めて日本ダービー(1937年)を制したヒサトモの血統が途絶えることを危惧し、この牝系を数多く所有した。トウカイナチュラルはレースに出走することなく繁殖牝馬になったが、1つ年上の姉トウカイローマンはオークス馬という血統である。内村オーナーは当初、同い年のシンボリルドルフとトウカイローマンの交配を考えていたが、トウカイローマンの現役生活が延びたため、妹のトウカイナチュラルに種付けすることを選んだ。
▲ 幼少期のトウカイテイオー
H.Imai / JRA
- 1990年12月に中京競馬場でデビューしたトウカイテイオーは父シンボリルドルフと同様、白星街道を突き進んだ。新馬、シクラメンS、若駒S、若葉S。皐月賞は単枠指定され、8枠18番からのスタートになったが、危なげなく勝利をつかんだ。2着になったシャコーグレイドはミスターシービー産駒。三冠馬の息子が上位を占めた。
- 日本ダービーも再び単枠指定で8枠20番になった。最後の直線では1頭だけ勢いが違った。2着に3馬身差をつける完勝だった。父に次ぐ無敗での二冠奪取となったが、好事魔多し。ダービー制覇の直後に骨折が判明。復帰は4歳4月まで待たなければならなかった。それでも二冠制覇が認められ、1991年の年度代表馬に選ばれた。
- トウカイテイオーの現役生活は骨折との闘いでもあった。引退前も含めると計4度のけがに見舞われた。そんな不運を跳ね返した原動力がトウカイテイオーの持つ能力と我慢強さだった。1993年の有馬記念では364日ぶりの実戦という不利を克服して優勝。日本の競馬史に「奇跡の勝利」といわれる名勝負を残した。振り返ってみれば、皐月賞、日本ダービー、ジャパンカップ、有馬記念。トウカイテイオーが優勝した4つのGⅠレースはすべて父と同じレースだった。
- (文・有吉正徳)
▲ 1988年頃の長浜牧場
H.Imai / JRA
▲ 幼少期のトウカイテイオー
H.Imai / JRA

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