アジアのスプリント界を制した龍王
- 香港スプリントは長い間、日本馬の鬼門になっていた。G2だった2001年にダイタクヤマトとメジロダーリングが出走して12着と13着。G1に昇格した2002年から2011年まで12頭が挑み、カレンチャン(2011年)の5着が最高と地元香港勢、オーストラリア勢の前に完敗を続けた。
- この高かったハードルを初めて越えたのがロードカナロアだった。2012年12月、初めての海外遠征に香港スプリントを選んだロードカナロアは好スタートを切ると、3、4番手の好位置につけた。岩田康誠騎手はロードカナロアをリズムよく走らせた。最後の直線では岩田騎手の激励に応え、ロードカナロアが1完歩ごとに末脚を伸ばし、最後は2着馬に2馬身半差をつけてゴールインした。
- ロードカナロアは翌年も香港スプリントに出走した。GⅠ(G1)5勝の実績を積み上げてきたロードカナロアのこれが引退レースだった。香港での馬名表記は「龍王」。短距離王らしく2着に5馬身差をつける圧勝で王者の貫禄を見せつけた。GⅠ(G1)出走機会6連勝という、これ以上ない有終の美を飾った。国際競馬統括機関連盟(IFHA)が発表した2013年のワールドベストレースホースランキングでロードカナロアは128というレーティングを獲得し、世界ランキング5位タイになった。JRA賞の記者投票では280票中209票を集め、年度代表馬に選ばれた。スプリンター、マイラーといった短距離馬が年度代表馬になるのはタイキシャトル以来だった。
- ロードカナロアは2008年3月11日、北海道新ひだか町のケイアイファームで生まれた。父キングカメハメハ、母レディブラッサムという血統だ。祖母のサラトガデューは米国の3歳牝馬チャンピオンになった名馬でG1・2勝を含む8勝を挙げた。生産したケイアイファームは「レディブラッサムの2008」をセレクトセールの当歳市場に出した。ところが購入希望の声はかからず、いわゆる「主取り」になった。

▲ ケイアイファーム
S.Sakaguchi
- 「レディブラッサムの2008」はケイアイファームが母体となっているクラブ法人ロードホースクラブの所有となり、安田隆行調教師のもとで育てられることになった。
- 2010年12月、小倉競馬場の芝1200メートルで新馬戦を快勝すると、芝1600メートルのジュニアC、芝1400メートルの条件戦に出走したが連続の2着。デビュー4戦目からは芝1200メートルを専門にした。これが奏功して5連勝。京阪杯で重賞初制覇、シルクロードSで重賞2連勝を飾った。
- 2012年9月のスプリンターズSをコースレコードで制し、初のGⅠタイトルをつかみ、香港スプリントの初優勝につなげた。通算19戦13勝、2着5回、3着1回。波乱の多い短距離戦で抜群の安定感を誇った。

▲ 種牡馬入り後のロードカナロア
S.Suzuki

▲ ケイアイファーム
S.Sakaguchi

▲ 種牡馬入り後のロードカナロア
S.Suzuki




























