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走るとは思ってもおさむこIした。46秒台、三ハロンが34秒台。したか。をする馬でした。すよ。五十年―――月に栗東に入ったのですが、したんじゃないですか。っぱりなあというところです。思いましたね。願にしなかったのです。あったのですか。解ですから。で馬もよう見ませんけど、走りそうって、ね。よって言いましたけど。ありましたか、小川さん。になったのですか。今日、テンポイントは故郷の土に帰りました。それにしても正胴なところ関係者以外に、あれだけの人が集まりましたことは誠に驚きでした。その意味でテンポイントの残した功絞は、外国遠征で成績をあげた以上のものがあったし、想像以上に世間の人達がテンボイントのひたむきに走る姿、骨折後の雄々しい闘病生活が、人びとの感銘をよんだことがよく分かりました。そこでこの座談会は、そのテンポイントの残した偉大な足跡を中心に話を進めていただきたいと思います。小川さん、最初にあの馬を見た印象はどうで小川ぽくと治さん(高田氏子息)と奥さんの三人で見たんです。そのときは、天皇賞や有馬記念まで勝つとは思わなかったが、身体全身がバネ仕掛けで勁くような実にいい動きめたのは、どんな理由からですか。吉田コントライトは我々が旗振って買って来た馬ですので、何とかいい肌馬に付けて成功させたいと考えていたからというわけです。お陰で、きれいな栗毛馬が生まれて、それが男馬ということで、牧場全体も活気付いたといいますか。無事、男馬が生まれたということが何よりも嬉しかったですね。覧になった印象は、いかがでした。高田私がこの馬見たのは、割合遅いんでその二、三週後です、初めて見たのは。入厩後乗られた方や見られた方から、いい鳥ですよという話は聞いていて、栗東に行って見たんですけど、やっぱり馬を見る目が肥えておらないのか、あるいは又能力がないのか、私には普通のサラプレッド以上には見えなかった。毎年いい馬ですよといって貰ってますので、今度はズバ抜けて走るとは考えませんでした。これがいい馬なんだと、別に良くも悪くも見えませんでした。皆さんが言うんだから、いいんだなという程度でした。ご覧になったそうですが、印象はいかがでしさせていただいたときに、初めて見たわけですが、帰って主人にすごく素敵よと言いましたら、素人に分かるかって。これはただカン鼻筋の流星がきれいでしたし、今、本当に貴公子言われてますけど、鼻筋のスッとした馬からデビューまでの間に、何か特別な苦労は小川苦労するというようなことはありませんで、新馬戦までは、いたって順調に来まその新馬戦で圧倒的な勝ち方をしてびっくりさせたわけですが、高田さんはご覧高田私が見たのは第二戦目以後です。それでも記録だけ見ても、びっくりと。吉田その前にトラックマンの情報が入っ高田今、振り返って見れば勝って当然という気がするんですが、新馬戦の追切りタイムが凄かったんです。函館の本馬場調教で大外通って半マイル新馬でそんなタイム出すのは古馬以上です。勝てるだろうとは思いましたが、新馬はゲートで遅れる馬もおりますから、勝てるとは断言できませんでしたが、勝ってしまえば、やそのとき吉田さんは、やっばり大物てきましたので、治さんと一緒に函館へ行ったわけですが、たいがい勝つと言ってるけど本当に勝つかなと、いつのレースもそうですが半信半疑でした。それで競馬見て、追うな追うな.と言ったのは、あの馬が初めてです。あまり離れてましたから。あとは距離が保ってくれるかなと、あの馬自身にも種馬自身にも疑問がありましたから、あとは距離が保ってもらいたい、無事でいてもらいたいと高田新馬戦の前に一度併せ馬しているんですが、相手は札幌で新馬勝ちして来た馬ですが、それを直線だけで十馬身以上離して問その後、第二戦のもみじ賞まで休養して姿を見せなかったのは、どういう理由が小川走らない馬は少々無理使いしても疲れはないが、走る馬ほど疲労度は大きいので休養は十分に取らせるというのが、ぽくの見ーー'ああいう勝ち方をしたので、これは大物だから大事に使おうと。。t 夫人四十八年の八月に小川先生とご一緒I.ー奥さんは、先ほど小川さんと一緒にーデビューは函館でしたが、入厩してー吉田さん、配合をコントライトに決ー高田さんは初めてテンボイントをご安らかに眠れテンポイント11

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