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S‘►昭和47年したハイセイコーはここで6連勝を飾る。南関東公営の3歳ナンパーワンを決める青雲賞(写真)は2着に7煕身の差をつけて優勝した月12日、大井競馬場でデピューてよかった。ら人と車のラッシュ。午前十一時には国鉄、私鉄各駅に、六十三人だったが、とうとうこれを上回る十六万九千百七十四人のファンが押し寄せたのだった。ハイセイコー人気を象徴するのは入場者だけではない。払い戻しの単勝、複勝式は元返しの百円。単勝人気は83.5和5を占め、なんとマイナスプール。競馬会は二割五分の舎に入厩したあとスポーツ紙は連日のようにハイセイは、狭い中山競馬場に十二万三千人が集まった。右往ァンがついに苦しくなって柵を越し、ターフに乱入せ一目見たい、公営の野武士に肌で接したい、というファンの熱意はかつて見られないことであった。ロイター電が「ハイセイコーと日本の競馬フーム」と題して長「これからはご入場できません」のポスター指令が出不況の年|ーヒーローなき時代に出現した怪物ハイ皐月賞と勝ち進んでていた。だが、ハイセイコーにストップをかける新ヒーロー出現の夢はならなかった。幻の名馬トキノミノル(昭和二十六年の二冠馬)と並ぶ土つかずの十連勝たを。これまでの記録は、昭和四十四年五月のダイシン記録したハイセイコーにかける希望は果てしなく広がポルガードが優勝したダーピー当日の十六万七千三百った。三歳の大井時代6戦6勝、明け四歳で中央入りしてから弥生賞、スプリングきたが、NHK杯では_番怪物ぶりを披露したといっ昭和二十九年のコールデンウェープ、三十三年のダイゴホマレに続く公営出身の三頭目のダービー馬誕生控除をとれず、珍しく持ち出しとなったのである。は時間の問題と思われた。「責任を感じますが、弱気なことは言えません。自セ信イコー。一月十六日に大井から東京の鈴木勝太郎厩あります」と増沢騎手が言えば、鈴木勝太郎調教師も「NHK杯では勝てない位置から逆転している。あのコアーを報じた。三月四日の弥生賞でデビューした時にタマ差は無限の可能性を示したものであり、ダーピーも九分どおり優勝できると思います」と胸を張った。左大往する人波は、その圧力に我慢し切れず、柵寄りのフ場博厩務員は「ハイセイコーには自分の前に馬がいることが我慢ならないから、いつもゴールでは先頭なんざるを得ないという事件が起こった。ハイセイコーをですよ」と強さの秘密を心理面から強調した。それにしてもハイセイコーの人気ぶりはどうだろう。NHK杯当日の東京競馬場は第一レースの始まる前か74-—— ▲ハイセイコ一人気も頂点に達したNHK杯、東京競馬場には16万9174人のファンが押し寄せた▼南関東公営の大井競馬場で6連勝のハイセイコーは、中央競馬緒戦の弥生賞も快勝して7連勝を達成した21

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