JRA Dressage Training
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「馬術は力ではない」という言葉をよく聞くが、どういうことだろうか。これは、馬術は力を全く必要としないという意味ではない。力のみによって馬を抑え付けて動かそうとすることはできないという意味である。例えば、馬の体勢を作ったり、馬を矯正したりする際には、騎手が一時的に力を強く使って方向性を決めることがある。この場合の力の強さは、その馬の状態によって決まるが、相当強く使わなければ矯正できないことがある。なぜなら、何の反応もなければ、反応があるまでの強さが必要になるからである。その場合の力は、馬の意思をも動かすほどのものでなければならない。しかし、その一時的な力は、馬が反応した場合には、段階的に小さな力に変えていく必要がある。騎手は、馬からのサインを見逃さなければ、使う力を小さくしていくことができる。それは、馬は騎手が求めることを、馬自身が考えて騎手の要求に応えようとするからである。そして、理想的な「最小の扶助で最大のパフォーマンス」ができるようになる。小さな扶助だけで馬が反応するようになるということは、馬が自分のすべき仕事を理解し、協力的になった証でもある。そのために、馬に対して常に心地良い環境を与えることが騎手の最大の役割であることは言うまでもない。032JRA Dressage Trainingそれぞれの反対を要求する。それによって、要求したときにどの位置にも対応する馬に調教すべきである。ウォームアップとは、いわゆる準備運動のことで、後に行う運動のために筋肉を温め、ストレッチをすることが目的である。そこで必要になるのは、「頭頸の伸展」である。頭頸の伸展頭頸の伸展とは、手綱と脚を使って馬の頭と頸を前方へ伸ばすことを言う。それによって背も伸ばして柔軟にし、脚でさらに後躯の踏み込みを増幅させながら、リラックスした状態で馬の背・腰のストレッチ運動としての効果を求める。この運動は、緊張から解放された精神状態と、馬体の柔軟性、ハミへの譲り、透過性へと繋がり、馬を丸くして運動する基本となる。頭頸の伸展が確立しなければ、この先のどんな運動もすべきではない。外見上は頭頸の伸展に見えていながら、本来の頭頸の伸展になっていないことがある。馬の頭が低い位置にあるだけでは頭頸の伸展とは言えず、バランスを前方へ崩してしまうだけである。この状態は重心が前方に移り、馬の頭と頸の重みが肩にのしかかり、前肢への負担が大きくなる。馬はゆったりと歩くことができず、ピッチの速い歩様になってしまう。これは、我々が求めている頭頸の伸展ではない。本来の頭頸の伸展では、頭頸を伸展しながらも馬の重心は前に崩れることがなく、バランスも馬自身が支えているものであり、ハミに対しても柔軟で譲りがある。また、馬の肩も解放されていて、運歩はゆったりでリラックスしたものになる。これらの運動は、全ての運動の原点であり、どんな馬にも必要である。緊張を強いられてきた競走馬を再調教する場合にも、頭頸の伸展を徹底して行い、緊張の緩和を十分に行わなければならない。私は、正しい体勢での頭頸の伸展を実施するにあたり、運動する図形を直径20mの輪乗り運動で行うようにしている。馬が騎手の扶助に納得しながら運動を進められることを念頭において、以下の手順で進める。頭頸の伸展の調教方法①・初めに、手綱を長く持ってリラックス、かつ前進気勢のある常歩をする。②・運動を始めるため、手綱をやや短く持ってコンタクトをとる。③・内方脚を外方に向かって圧迫し、馬の肩を押し出す。同時に内方手綱をやや開き、馬の頭頸を内側へ屈曲させる。④・内方からの推進力を、外方手綱とやや後ろに引いた最小の扶助で最大のパフォーマンスを5.ウォームアップ

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