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特別レース名解説  5回 新潟競馬
【第1日】 10月15日(土)
●関川(せきかわ)特別 
 関川は、新潟県北東部にある村。関川盆地にあり、村の中央には荒川が流れている。村の東西を米沢街道が通り、宿場町として栄えた。村の中心部には、国の重要文化財であり、豪農の館として知られる「渡辺邸」を始めとした18世紀の町並みが残る。
 
●雷光(らいこう)特別 
 雷光は、稲光・稲妻のこと。直線1,000mのコースを、各馬が雷の光のように一瞬で駆け抜ける様をイメージして名付けられた。

●大形(おおがた)特別  
 大形は、新潟市東区にある地名。かつては中蒲原郡大形村であったが、昭和18年、新潟市へ編入された。現在は、付近にニュータウンが建設されるなど宅地化が進んでいる。

【第2日】 10月16日(日)
●菅名岳(すがなだけ)特別 
 菅名岳は、新潟県五泉市の東端にある山。標高909m。中腹にはブナの原生林やカツラの巨木が植生しており、手付かずの自然を見ることができる。菅名岳より湧き出る「どっぱら清水」や大蔵山登山口にある「吉清水」などが有名。
 
●角田浜(かくだはま)特別 
 角田浜は、新潟市西蒲区、角田山の麓に広がる浜辺。県内有数の海水浴場である。また、晴れた日には佐渡島が一望でき、夕日の鑑賞スポットとしても知られている。

●竹尾(たけお)特別 
 竹尾は、新潟市東区の地名。新潟県および近隣県の流通拠点として重要な役割を担っている新潟卸団地の一角を占める。

【第3日】 10月22日(土)
●米山(よねやま)特別 
  米山は、新潟県柏崎市と上越市の境に位置する山。標高993m。頂上には米山薬師が祀られており、信仰の山として有名である。

●魚野川(うおのがわ)特別 
 魚野川は、新潟県中央部を流れる川。長さ約70km。上越国境の谷川岳に端を発し、六日町盆地を流下し、川口町で信濃川に合流する。豊富な水量と上質な水質から、魚沼地方の稲作の基盤となっている。

●稲光(いなびかり)特別 
 稲光は、稲妻のこと。古来より、電光が稲を実らせると考えられていたことから、「稲」という言葉が使われているという説もある。秋の季語。

【第4日】 10月23日(日)
●岩船(いわふね)特別 
 岩船は、新潟県の北東、山形県と県境を接する地域。2008年の市町村合併により、荒川・山北の2町と朝日・神林の2村は村上市となった。魚沼地方と並ぶ米の名産地として知られている。また、粟島の生活・観光を支える粟島航路が発着し、水産業も盛んな岩船港がある。

●信越(しんえつ)ステークス 
 信越は、旧国名での信濃国と越後国を併せた名称。ほぼ、現在の長野および新潟両県にあたる。

●金倉山(かなぐらやま)特別 
 金倉山は、長岡市と小千谷市の境に位置する山。標高581m。滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』にも登場する。霊峰としても知られている。

【第5日】 10月29日(土)
●きんもくせい特別 
 きんもくせい(金木犀)は、中国原産のモクセイ科の常緑小高木。葉は楕円形で硬い革質、深緑色で光沢がある。10月頃、芳香の強い橙黄色の小花を咲かせる。雌雄異株だが、日本には結実しない雄株が広く植栽されている。花言葉は「謙遜」。

●見附(みつけ)特別 
 見附は、新潟県の中央部にある市。かつては結城紬の手法を取り入れた見附結城が有名で、戦後は合繊織物・ニット製品等に変わったが、現在も総合繊維産地として知られている。

●巻(まき)特別 
 巻は、新潟市の南西部にある地名。西区と西蒲区の一部にあたる。かつては西蒲原郡巻町であったが、平成17年、新潟市に編入された。弥彦山麓の北側を占め、西部は日本海に面している。日本海側における前方後円墳の北限として有名で、国指定史跡でもある菖蒲塚古墳がある。

【第6日】 10月30日(日)
●雨飾山(あまかざりやま)特別 
 雨飾山は、新潟県糸魚川市と長野県小谷村の境に位置する山。標高1,963m。上信越高原国立公園に含まれ、晴天時には日本海まで臨むことが出来る。日本百名山の1つに選ばれている。

●亀田(かめだ)特別 
 亀田は、新潟市江南区の地名。かつては中蒲原郡亀田町であったが、平成17年新潟市に編入された。特産品は米菓で、主要産業の1つともなっている。近年は新潟市のベッドタウンとして人口の増加が著しい他、市内外から多くの買物客で賑わう大型ショッピングセンターもある。

●海老ヶ瀬(えびがせ)特別 
 海老ヶ瀬は、新潟市東区の地名。近年、数が激減しているミズアオイが、同地区内の水田用排水路で偶然発見され、現在は植栽事業など保全に向けての取り組みが行われている。

【第7日】 11月5日(土)
●湯田上(ゆたがみ)特別 
 湯田上は、南蒲原郡田上町にある温泉。古くは薬師の湯と言われた湯治場であったが、現在は近代的な温泉郷に生まれ変わり賑わっている。

●姫川(ひめかわ)特別 
 姫川は、長野県白馬村に源流を発し、新潟県糸魚川市で日本海に注ぐ全長約60kmの河川。古代から流域でヒスイを産出することで知られる。

●飛天(ひてん)特別 
 飛天は、空中を飛行する天人・天女。西洋では有翼の神々が創造されたが、東洋では翼を持たない飛天が創造された。日本では、法隆寺金堂天蓋の飛天、東京国立博物館の金銅透彫灌頂幡の飛天などが有名である。

【第8日】 11月6日(日)
●加治川(かじがわ)特別 
 加治川は、新潟県北部、大日岳北東の西ヶ岳付近に発して北西に流れ、日本海に注ぐ河川。全長約50km。桜並木が有名で、毎年4月には加治川桜まつりが行われる。

●平ヶ岳(ひらがたけ)特別 
 平ヶ岳は、新潟県と群馬県の県境にある山。標高2,141m。利根川源流の最高峰である。日本百名山の一つで、名のとおりなだらかな山頂を持つ。
 
●紫雲寺(しうんじ)特別 
 紫雲寺は、新発田市の北部の地名。かつては北蒲原郡紫雲寺町であったが、平成17年、新発田市へ編入された。享保20年(1735年)の紫雲寺潟の干拓によって開発が進められた。現在は、新潟・新発田・村上線を境に東南部には良質米を産する水田が、西北部には葉タバコなどが栽培される砂丘畑と松林が広がっている。

【第9日】 11月12日(土)
●飛揚(ひよう)特別 
 飛揚は、空高く飛び上がること、また空中にひるがえることを意味する言葉。

●黒埼(くろさき)特別 
 黒埼は、新潟市西区の地名。かつては西蒲原郡黒埼町であったが、平成13年、新潟市へ編入された。信濃川と中ノ口川の合流点にある園芸農村地帯。枝豆の銘柄品である黒埼茶豆が有名。

●紫竹山(しちくやま)特別 
 紫竹山は、新潟市中央区にある地名。酒田方面へ通じる国道7号と長岡方面へ通じる国道8号(新潟バイパス)の他、複数のバイパスを連絡する市内有数の交通の要所。

【第10日】 11月13日(日)
●白根(しろね)特別 
 白根は、新潟市南区にある地名。中ノ口川を挟んで両岸から大凧を揚げて絡ませ、凧の綱が切れるまで引き合い勝負を決める白根大凧合戦が有名。

●みちのくステークス 
 みちのくは、陸奥の平安時代の呼び名で「道奥」とも書いた。陸奥は旧国名の1つで、現在の青森県・岩手県・宮城県・福島県と秋田県の一部にあたる。7世紀に成立し、陸奥で産出される金・馬・毛皮などは珍重された。

●女池(めいけ)特別 
 女池は、新潟市中央区にある地名。サッカーチーム、アルビレックス新潟の本拠地である東北電力ビッグスワンスタジアムがある。また、小松菜の一種である女池菜の産地としても有名。

【第11日】 11月19日(土)
●福島2歳ステークス 
 本競走は、昭和35年に福島競馬での2歳チャンピオン決定戦として創設された競走。34年以前は『3歳特別競走』、『3歳優勝競走』などの名称で、同様の競走が施行されていた。
 なお、本年は福島競馬の開催中止に伴い新潟競馬場にて施行される。
 
●相川(あいかわ)特別 
 相川は、新潟県佐渡市北西部の地名。かつては佐渡郡相川町であったが、平成16年、近隣の町村と合併し佐渡市となった。全域が、佐渡弥彦米山国定公園に含まれる。佐渡最大の海岸景勝地で、国指定名勝の外海府海岸が広がり、佐渡を代表する観光地となっている。

●新津(にいつ)特別 
 新津は、新潟市秋葉区の地名。かつては新津市であったが、平成17年、新潟市へ編入された。中心部は江戸時代に市場町として発達した。また、交通の要衝で、信越本線、羽越本線、磐越西線が通じている。同地にかつてあった新津油田は、「柄目木の土火」として越後七不思議の1つに数えられ、明治から大正にかけては油田の採掘が盛んで、大正6年には産油量が日本一となった。

【第12日】 11月20日(日)
●飛翼(ひよく)特別 
 飛翼は、互いの翼を並べて天高く舞う鳥の様子のこと。直線1,000mのコースを各馬がスピードを競い合い、互いに鼻を並べてゴールインする白熱した競走をイメージして名付けられた。

●農林水産省賞典福島記念(GIII) 
 本競走は、昭和40年に創設された3歳以上馬による重賞競走。第1回から2,000m、ハンデキャップ競走で行われている。当初は、夏の福島競馬を代表するレースとして施行されていたが、49年に秋季に移設され、秋の福島競馬のフィナーレを飾るレースとして定着している。
 なお、本年は福島競馬の開催中止に伴い新潟競馬場にて施行される。

●笹山(ささやま)特別 
 笹山は、新潟市北区にある地名で、新潟競馬場の所在地。新潟競馬場が現在の地に移転したのは昭和40年(1965)のことである。それ以前は新潟市関屋にあったが、昭和18年に太平洋戦争の影響を受けて開催が中止されて以来、競馬は再開されずにいた。しかし、30年代に入って中央競馬再開の機運が高まり、現在の地に新たな競馬場を建設して40年7月に22年ぶりの新潟競馬が再開された。