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我ら競馬調査隊
〜ウォーエンブレム〜

タカイ隊員「少し古い話になりますが、先の秋華賞でウォーエンブレム産駒のブラックエンブレムが優勝。話題を集めましたね」
イシダ隊長「ウォーエンブレムといえば“特定の繁殖牝馬にしか興味を示さない”ということで、産駒数が極端に少ない種牡馬。しかしその中から、ブラックエンブレムの他にもエアパスカル、ショウナンアルバと、3頭もの重賞ウイナーを送り出しているんだから、種牡馬としての能力はピカ一なんだろうな」
タ「長年、不特定多数の女性に興味を示しながら、産駒はおろかヨメさんすらゲットできていない隊長とは大違いですねえ」
イ「お黙り! なんだよ、自分には愛妻がいるからって……」
タ「いや、ウチのヨメは愛妻ではなく恐妻なんです……って、そんなことより! 一時は種付けができない状態に陥っていたウォーエンブレムが、今年から種付けを再開したそうですね」
イ「らしいな。ここにこぎつけるまで、スタッフの方々はずいぶん苦労したとも聞いているぞ」
タ「というわけで今回は、ウォーエンブレムが歩んできたここまでの道程について、色々と調査してみましょう」

●種付けに興味を示さない種牡馬

 日本の競馬史を塗り替えた大種牡馬サンデーサイレンスがこの世を去ったのは平成14年夏のことだった。同馬を所有していた社台グループでは以前から次代を見据えての動きを強めていたが、大黒柱の代役となり得る種牡馬を導入することは、いっそうの急務となった。それも“サンデーサイレンス牝馬に配合できる”という観点から、ヘイルトゥリーズン(サンデーサイレンスの祖父)系に属さない血脈を持つ大物を探す必要に迫られていた。
 この結果、白羽の矢を立てられたのがウォーエンブレムだった。かのミスタープロスペクターを祖父に持つ同馬は平成14年の米国二冠(ケンタッキーダービー、プリークネスS)に優勝。血統的にも実績的にも、社台グループが求める条件を満たしていた。
 1700万ドル(当時のレートで約21億円)と伝えられた価格で購入されたウォーエンブレムは、翌平成15年から早速、社台スタリオンステーション(以下SS)で種牡馬生活のスタートを切る。漆黒で薄手の馬体、米国を代表する父系と地味な母系のアウトブリード配合、さらには激しい気性など、サンデーサイレンスと様々な共通項を持つルーキーには大きな期待が寄せられていた。
 ところが。いざ種付けを開始する段になって、現場のスタッフたちは予想だにしなかった事態に直面する。ウォーエンブレムは「種付け」という行為に興味を示さない馬だったのだ。
「発情期の牝馬を最初にあてたとき、鼻息を荒げるなどの性的な興奮がまったく見られませんでした。ただ、初めての種付けに臨む種牡馬の中にはときどき、そういう馬もいることは事実で、そうした場合、ほとんどの馬は2〜3日もかければうまくいくようになるんです。しかしこの馬は2日経ち、3日経っても反応が変わりませんでした。それで“ちょっと普通じゃないぞ”と」
 当時をそう振り返るのは社台SSでウォーエンブレムを担当している佐古田直樹さんである。
 それでも様々な牝馬をあてがっていくうちに時折、性的な興奮は見受けられるようになった。「大きな流星などがない、無地の、小顔で華奢な馬を好むように感じました」というのは、社台SS・徳武英介さんの分析。そして種付けの開始から数か月後、ウォーエンブレムはついに待望の“筆下ろし”を済ませる。
「どんな馬でも普通は、牝馬に1回乗りさえすれば、次の日からは喜んでガンガン行くもの。今まで1週間かかった、10日かかったという馬がいたけれど、この馬の場合はたまたま、それが何か月もかかったというだけで、これでもう大丈夫だと思った。だからあの日は皆で焼肉屋へお祝いに繰り出したんです」(徳武さん)
 しかしウォーエンブレムは“普通の”馬ではなかった。翌日あてがわれた牝馬に彼はまったく関心を示さず、スタッフは深い落胆を味わう羽目になる。結局、初年度に種付けできた馬は僅か7頭。商業ベースによる種付けは断念せざるを得ず、シンジケートは解散に追い込まれた。

●“愛”があるから産駒は走る?

 事実上、種牡馬失格の烙印を押されたウォーエンブレムだったが、社台グループでは以降も、様々な試行錯誤を繰り返しながら種付けに取り組んでいく。初年度のシーズンが終わった後は釧路の牧場へ転地療養、周りには牝馬しかいないという環境に馬を置くことで、種付けへの意欲を喚起させた。さらに2年目のシーズンは前記した“好みのタイプ”をまずあてがい、その際に起きる興奮を利用して別の牝馬に種付けをするという手法を試みた。
 この2年目のシーズン、ウォーエンブレムは初年度のシーズンとは一転して、53頭の牝馬に種付けを行っている(翌年誕生した産駒が現3歳世代)。「50頭以上に種付けしたといっても実際にあてた牝馬はその何倍、何十倍にも及びました」(佐古田さん)という事実は見逃せないが、とにもかくにもスタッフの努力は実を結んだわけだ。しかし佐古田さんは2年目のシーズンの後半から、“嫌な予感”を覚えるようになっていたと振り返る。
「興味を示した馬を前にして、好みじゃない馬をあてがわれ続けているうちに、馬が段々と葛藤を感じるようになっていったみたい。シーズンの後半になると好みの馬に対しても及び腰になって前半のいいリズムが失われてしまった。“来年、大丈夫かな?”と思うようなシーズンの終わり方でした」
 案の定というべきか、佐古田さんの予感は的中する。3年目のシーズン、ウォーエンブレムは稀にしか種付けの意欲を示さず、この年の種付け頭数は9頭にとどまった。翌年はシーズンの開幕前、試験的に行った1頭の種付けに成功しただけ、その翌年(=つまり昨年)はとうとう、1頭の牝馬にも種付けできなかった。2年前の種付けも結果的には不受胎に終わったから、“2年連続で産駒数がゼロ”という非常事態に陥ったわけである。
 それでも、不断の努力は続けられていった。たとえば今年、動物行動学の権威として知られる米国ペンシルバニア大学のスー・マクダネル博士を招致して、治療プログラムの指導を仰いだこともそのひとつだ。具体的なプログラムについては「博士の企業秘密にかかわることなので」(徳武さん)と教えてもらえなかったが、博士の指導とスタッフの努力が相乗効果を発揮したということなのだろう。シーズンの後半にさしかかったあたりから、ウォーエンブレムは再び、種付け意欲を示すようになり、今年は最終的に39頭の牝馬に種付けを行うことができた。“2年間の空白”があったことを思えば、これは劇的な改善といっていい。
 その一方で数少ない産駒たちが素晴しい活躍を演じてきたことはご存知の通り。初年度産駒はJRAでデビューした4頭すべてが勝ち上がり、2年目の産駒からは秋華賞を制したブラックエンブレムをはじめとする3頭の重賞ウイナーが出た。
 「産駒が走るのは父親の“愛”がこもっているから。だってこの馬の場合はウォーエンブレム自身が相手を選んで種付けしているわけでしょう? 配合理論なんて関係ないんだもの」と笑う徳武さん。その真偽はともかく、産駒数と活躍の大きさを比べてみれば、種牡馬としてのポテンシャルの高さは疑いようもない。
秋華賞を勝利したブラックエンブレム。ウォーエンブレムの数少ない産駒の中からGI(JpnI)ウイナーも誕生した。
 今年、復活の兆しをみせたからといって、スタッフに楽観する気持ちはないという。来年になればまた振り出しに戻ってしまうかもしれない──。期待と落胆の連鎖に直面してきた彼らが、そんな不安を抱くのは致し方ないところだろう。
 とはいえ、見る側としてはやはり、今後のウォーエンブレムには期待を抱かずにはいられない。今年踏み出した第一歩が、さらに大きな飛躍へと繋がってほしいものだ。
(石田敏徳)
 
2008.11.23 レーシングプログラム掲載


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