顕彰馬 紹介

栗毛の貴公子 クモハタ

栗毛の貴公子 クモハタ 作家・菊池寛氏の影響で競馬をはじめた加藤雄策氏は、ダービー馬のオーナーになることを夢見て血統を学び、調教師も舌を巻く相馬眼の持ち主となった。その加藤氏が「かつてこれほどの馬に出会ったことがない」と惚れ込んだのがクモハタであった。父は下総御料牧場の看板種牡馬トウルヌソル、母は米国産の星旗。姉には16勝をあげて“競馬場の女王”と呼ばれたクレオパトラトマスを持つ折り紙つきの良血で、旧3歳のせりでは、その年のレコード価格である3万7600円の値がつけられた。
 不運にもデビューを前に蹄叉腐爛という難病を患い、競走馬としては持っている素質を十分に生かせなかったクモハタだが、初勝利から中1日の強行軍で、食餌も満足に摂れないコンディションのなか力を振り絞るようにして勝った昭和14年のダービーは、後に“奇跡の勝利”とも呼ばれた。高く評価されたのは種牡馬に転じて以降で、内国産馬初のリーディングサイヤーとして昭和27年から32年までの6年間、頂点に君臨。ニユーフオード(菊花賞、天皇賞)、ヤシマドオター(櫻花賞、天皇賞)、キヨフジ(オークス)、メイヂヒカリ(顕彰馬)など多数の活躍馬を出し、優れた資質を子孫へと伝えた。昭和28年、馬伝染性貧血により17歳の若さで亡くなったが、その功績は不滅の輝きを放っている。

血統表

クモハタ
牡 栗毛
昭和11年3月4日生
千葉・下総御料牧場生産
調教師 田中和一郎(東京)
馬主 加藤雄策氏

トウルヌソル
1922 鹿
Gainsborough
Bayardo
Rosedrop
Soliste
Prince William
Sees

星旗
1924 栗
Gnome
Whisk Broom
Fairy Sprite
Tuscan Maiden
Maiden Erlegh
Tuscan Red

通算成績 21戦9勝
主な勝ち鞍 東京優駿
主な産駒 メイヂヒカリ〔朝日盃三歳S、菊花賞、天皇賞(春)、中山グランプリ(有馬記念)〕、 ニユーフオード〔菊花賞、天皇賞(秋)〕、ヤシマドオター〔櫻花賞、天皇賞(秋)〕、 カツフジ〔天皇賞(秋)〕、ハタカゼ〔天皇賞(秋)〕
昭和59年顕彰馬選出

最強の牝馬 クリフジ

最強の牝馬 クリフジ  クリフジと前田長吉騎手が活躍したのは戦時下の昭和18〜19年である。クリフジは牝馬ながらダービー、オークス、菊花賞のクラシック3競走を制し、“変則三冠”制覇を成し遂げた。デビューがもう少し早ければ、皐月賞も勝っていただろうと言われている。当時、鞍上の前田騎手は見習いの身であったが、挟まれてスタートで出遅れたダービーでは冷静な判断で最後方につけ、クリフジの末脚を生かす騎乗で6馬身差のレコード勝ちを収めた。20歳でのダービー戴冠は史上最年少記録であった。
 引退まで11戦11勝と敵なしの強さを見せつけたクリフジは、血統名「年藤」の名で繁殖入りし、牝馬二冠馬ヤマイチ、クモハタ記念の勝ち馬イチジヨウらを出した。前田騎手も桜花賞を制すなど手腕を振るったが、昭和19年の秋に出征。そのまま帰らぬ人となった。
 平成18年、厚生労働省によるシベリア戦没者遺骨のDNA鑑定で前田騎手の遺骨が見つかったことで、人馬の蹄跡が再び注目を集めることとなった。日本競馬史上に残るデビュー最多全勝記録を樹立した1頭の牝馬と、その鞍上で瑞々しい才能を発揮した若き名手。現代に甦った伝説は、時代の違いを超えてなお人々をひきつけてやまない力を持っている。

血統表

クリフジ
牝 栗毛
昭和15年3月12日生
千葉・下総御料牧場生産 
調教師 尾形藤吉(東京)
馬主 栗林友二氏

トウルヌソル
1922 鹿
Gainsborough
Bayardo
Rosedrop
Soliste
Prince William
Sees

賢藤
1926 栗
チヤペルブラムプトン
Beppo
Mesquite
種光
ラシカツター
第弐アストニシメント

通算成績 11戦11勝
主な勝ち鞍 東京優駿、阪神優駿牝馬、京都農商省賞典四歳呼馬(菊花賞)
主な産駒 ヤマイチ(櫻花賞、優駿牝馬)
昭和59年顕彰馬選出

2012.5.19 レーシングプログラム掲載

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